BOOK ワールドトリガー

□歌川×菊地原02
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「やだもう、寒い、冬眠したい」

 びゅう、と風が吹き付けて、耳に擦れた髪の毛が不愉快な音を立てる。
 月が変わる前から引っ張り出してきていたコートは暖かいけど、それだけじゃ足りない。
 私用のスマホとボーダーから支給された端末、両方を一緒に入れても充分な大きさのポケットに両手を突っ込み俯いて歩く。

「歌川先に行ってよ」
「おい、オレを風除けに使うな」
「だって寒いんだもん」
「まったく……」

 歌川は何だかんだ言ってぼくに甘いのは知ってる。
 だから、ぼやいた段階でぼくの勝ちだと思った。

「少し待ってろ」
「え、やだよ寒いんだから」
「いいから少しくらい待て」
「もう、何?」

 斜めがけのスポーツバッグの中に手を突っ込んでいるのを横目に見ながら。

 また、びゅうと風が吹いた。
 スカスカの襟元から入り込んでくる冷たい風は、冬のナイフみたいだ。
 もしくは、ぼくたちの使っている、変幻自在なスコーピオン。

「ほら、これ使っていろ」

 ぐるりと、歌川がマフラーを巻いてくれた。

 え、なんで?
 歌川は寒さに強かったはず。
 マフラーしてるところなんて滅多に見たことないのに、持ってきてるなんて珍しいな。

「まったく……お前寒がりならちゃんと防寒しろよ。風邪引くぞ」
「うるさいよ。無くしたの、去年」

 去年の冬の終わりに、ぼくはマフラーと手袋を無くした。
 暖かくなってきて邪魔だと外したら、そのままどこに置いたか忘れてしまったんだ。

「お前が買うまで、しばらくそれ使ってていいから」
「買いに行くのめんどくさいんだよね……」
「おい」
「だって、うるさいんだもん」

 ぼくのサイドエフェクトのこと、知ってるくせに。
 人混みは、あまりという程度じゃなく好きじゃない。

「まったくお前は……仕方ないな」

 結局はそう言ってくれるから。
 ほら、歌川は優しい。

「早く本部行こうよ。風間さん待ってるんじゃないの?」

 匂いの違うマフラーに顔を埋め、歌川を急かして歩き出した、12月10日。

 ◇ ◇ ◇

 寒い朝は、どうしても起きれない。
 早朝任務がない日は、いつも遅刻ギリギリの登校になってしまう。

 暖房のついた暖かい教室に入って、やっと一息。
 ここ数日で随分匂いの混ざってしまったマフラーを外して、さも当然のようにリュックにしまう。

「おはよう。今日も遅かったな」
「知ってるでしょ、ぼくが朝弱いの。そんなに言うなら、歌川が電話して起こしてくれればいいのに」
「何でオレが……」
「冗談だよ、ジョーダン」

 あああ、めんどくさいな。
 それに、うるさい。

 布団の中に一日中いたいというのは、寒さだけじゃない。
 身を縮めて、外界の音を遮断して。
 静かなところで一日でいいから、過ごしたい。

「菊地原。今日オレのマフラー返して」
「ええ〜……」
「それは元々オレのなんだから」

 それは充分に分かってる。
 でもさ、よりによってこの馬鹿みたいに寒い日に言わなくてもって思うじゃん。

 しまったばかりのマフラーを取り出して、歌川に返す。
 わりとこれ、気に入ってたんだけどなあ。

「代わりに、お前はこっちのな」
「……何、これ」
「お前にやるよ」

 渡されたのは、紙袋。
 下隅にひっそりと描かれたロゴは、見たことがある。

 開けてみろと促されて、ぼくは大人しく指示に従った。
 口を止めてあるシールを剥がして、薄茶色の袋を破く。

「……何で、これ」
「お前、買い物に出かけるの嫌だって言ってただろ。時期もちょうど良かったし」
「ぼくにくれるの?」
「ああ」

 歌川がぼくの手からそれを取り上げて、ゆっくりとした手付きで首に巻いてくれる。
 真新しいマフラー。

 どうやらそれは、ロゴを見る限り、さっきまで借りてた歌川のとお揃いらしい。

「ふうん。悪くないね」

 歌川のは暗い青に緑のチェック柄。
 ぼくにくれたのは、ベージュに濃さの違う茶色いチェックが入っている。

 歌川のものを見て、ぼくたち風間隊の隊服のカラーに似てると思ったけど、この色柄に意味はあるのかな。
 まあ、あってもなくても、どっちでもいいけど。

「なんでなの?」
「何がだ?」
「これ、くれた理由」
「お前なあ……」

 はああと、歌川が大きく息を吐き出す。
 え、何なの歌川のくせにそんなリアクション。

 キッと睨みつけて、音が変わったのに気付く。
 何回も近くで聞いてきた、歌川の心臓の音。

「……誕生日プレゼントだよ、お前への」
「……え?」
「お前今日が誕生日だろ」

 歌川が自分のスマホをタップして、カレンダーに変えた画面突きつけてくる。

「あ……そっか」

 今日は12月14日、ぼくの誕生日なんだ。


END

2015/12/13〜2015/12/14

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