BOOK ワールドトリガー

□米屋×三輪02
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 生きたくないんだ。
 水分を摂ることすら放棄した、乾いてひび割れた唇で、そう秀次は言葉を吐いた。

 雨の日は、いつもに増して酷い。
 あの近界民の大侵攻が、雨の日だったから。
 秀次の姉ちゃんが、雨の中で死んだから。

 雨続きの6月は、もう何年も連続でこうなってしまう。

「死にてーの?」
「そうじゃ、ない。死んだらネイバーは殺せない」

 尽きない近界民を殲滅する。
 秀次が自ら課した義務と、死なない換装体。

「トリオン体があるなら、この体は生きていなくてもいいだろう。どうせ生身ではネイバーは殺せないんだ」
「秀次はネイバーを殺すためにいるけど、生身の秀次はいらないってこと?」

 自分が理解するために呟いた頭の悪い解釈に、秀次は「そうだな」と小さく返して。
 茫洋とした視線を先を追ってみたけど、何も見ていないことはとっくに知っていた。

 目を離すべきではなかった。
 知っていたんだ、分かっていたんだ、秀次がこの状態になることを。
 己の馬鹿さを恨む。

 普段から勉強していれば良かった。
 いや、していたけど授業内容が理解できなかったんだ。

 梅雨の時期は期末テストの直前でもある。
 日頃の授業ではまったく理解できなかったオレは、奈良坂に範囲を教わるよう秀次に命じられた。
 そして離れていた間にこれほどまでに心身が荒れて。

「秀次のトリオン体が、ネイバーを殺すためにあるのなら」

 両脚の間に収まる秀次を、横向きに抱きしめて。

「秀次を生身の体は、オレのために生きて」

 顔を近づけて、唇を触れさせる。
 乾いた表皮を湿らせるように、舌先で秀次の唇を舐めた。

「陽介のために……?」

 キスをしたというのに秀次の焦点が合うこともなく、ぼんやりとオウムのように返された。
 ちょっとくらいは反応欲しかった。

「オレに秀次を愛させて」
「どういうこと、だ?」
「生身の秀次が存在する理由。こうやってオレに抱きしめて、愛されるために生きて?」

 徐々に腕に込める力を強めて、秀次の体を自分に近づける。
 オレよりも少し低い体温。
 換装体ではここまで温もりは感じない、生身だからこその感覚。

「俺は多分陽介を愛せない」
「ん?」
「人の愛し方なんてもう、分からないんだ」

 同等のものが返せないと分かっているのに、一方的にもらうわけにはいかない。
 そう告げた秀次は相変わらずだと思って、口元が歪む。

「いいんだよそれで。オレが秀次に求めるのは、生きてることだから。秀次がオレを好きになってくれなくてもいいんだ」

 オレのことを好きじゃなくてもいい、愛してくれなくてもいい。
 それは苦しまぎれの嘘だった。

 でも、最愛の姉ちゃんが死んで、秀次は大切なものを作るのを恐れるようになった。
 オレはそれを知ってるから。

「陽介に愛されるために、俺のこの体は生きてる……」
「うん」

 納得してくれたのかどうか。
 分からないけど、頷くのを見て、オレはもう一度、キスをする。
 ゆっくりと秀次がオレを見て、それがすごく、嬉しかった。

 本当は秀次に愛されたい。
 でも今は、一番に秀次を想う資格があるだけでいい。

 秀次が存在してくれるだけで。


END

2015/07/03〜2015/07/08


お借りしました→3つの恋のお題ったー
抱きしめて、キスをして/苦しまぎれの嘘を本気にした君/愛し方なんて分からない

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