BOOK ワールドトリガー

□歌川×菊地原01
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 ひどい声、うるさいな。

 大抵きゃーきゃーうるさいのが女でわーわーうるさいのが男。
 時々男も高い声が出てるけど。

 もう少し、静かにしてくれればいいのに。
 たかだかテストくらいで騒がないでよ。

 何で勉強してないの?ぼくたちより時間あるでしょ?
 ……なんて言った反応はとっくに知ってるから言わない。

「ほんと、うるさい……」

 そこんじょらのクラスメイトたちより時間のないぼくたちが余裕のある表情をしていられるのは、この1週間で歌川と2人揃って風間さんに教えてもらったからだ。
 特に今回――前期の範囲が歌川は苦手だったらしくて、でも今は、背後でゆっくりと教科書をめくる音が聞こえるだけ。

「頭痛くなる、最悪」

 ぶうぶうと不満は口の中だけで呟いて、机に突っ伏して耳を押さえた。
 髪の毛が擦れる音と、脈音。
 ああ、無音の世界に飛び込めたらいいのに。

「菊地原、大丈夫か?」

 何の脈絡もなく、音が増えた。
 ぼくの手が歌川の大きな手に覆われて、2つの脈音が重なる。

 大丈夫かと、もう一度耳元へ囁きだけで問うて来るのは、周囲に気付かれないようにっていう配慮かな。
 やっぱり地獄耳の渾名は、好きじゃないから。

「みんなうるさすぎるんだよ」
「俺らみたいな凄い家庭教師がいないからだろ。いつもみたいに嘲笑ってろ」

 でも心の中でなと釘を刺されて、ええーとぼくもいつものようにぶうたれる。

「馬鹿にしようよ。風間さんを自慢してさあ」
「おい」

 お互い、声を潜めたままでの会話。
 騒がしい教室内で聞き取りづらかったのか、歌川が机を越えて覆い被さってくる距離が近くなる。

「歌川、手」
「手?」

 内側から力をかけて歌川の手を外して、それが宙にある間にもう一度掴んで耳に押し当てる。
 ――今回は、歌川の手を内側にして。

「き……菊地原?」
「音、早いよ」
「それは……」

 さっきよりも少し早くなった音に、いちにぃさんよんと数えながら合わせて呼吸をする。

 実は、ぼくはこの感覚が好きなんだ。
 呼吸は生命と繋がってるから、ぼくの生を歌川に寄りかからせている気がして。

 カチリ、と時計の長針と短針が同時に動く音がして、ぼくは顔を上げた。
 その直後に、キンコンカンコンとチャイムがなる。

「やっべ、教科書片付けねーと」
「まだ片付けてなかったの。馬鹿じゃない?」
「お前の耳塞いでたからだろうが。……頭痛くねーか?」
「ちょっとは、マシになった」
「……そうか」

 がしがしとぼくの頭をかき回して、それから試験監督の教師が入ってきたのを見つけてゲッと歌川は呟く。
 ぼくもケースからシャーペンと消しゴムを取り出しながら思った。

 相変わらず教室は、ひどい音だなあ。


END

2015/05/22

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