BOOK 裏切りは僕の名前を知っている

□愁生×焔椎真01
1ページ/1ページ


 親に必要とされていないことを知って消えようとした俺を、この世界に引き戻したのは愁生だった。

 ――「置いて行くな、おまえのいない世界なんかに」

 悲痛な声。
 実の親の醜い感情を見て、誰からも必要とされていないと思った俺を必要だと言ってくれた、唯一の人間。
 同じように俺にも愁生が必要で。
 傍にいないと安心することが出来ない。

「何を考えている?」

 ふわりと、髪が揺れた。
 俺の頭を撫でる手はそのままに、愁生はギシリとスプリングを鳴らせてベッドに座る。

「何でもねぇよ…」
「嘘だな」

 音が消える前に断定の声が響く。
 ホント愁生には何でも見透かされる。

「おれには焔椎真が必要だからな」

 その言葉は、優しく俺を縛る。

「あぁ…もう、あの時みたいに消えようとはしない」

 愁生が俺を必要としてくれる限りは。

「それでいい」

 薄っすら笑って、愁生は手の動きを大きくした。
 俺の髪が、四方八方へ跳ねる。

「ところで、」
「ん?」

 心地よくて伏せていた瞼をこじ開け、俺は音だけで問う。

「もう寝るんだけど」
「あー…」

 寝返りを打ち、半分のスペースを空ける。
 背中で愁生が苦笑した。

「今日はここで寝る」
「今日も、の間違いだろ」
「うるせぇ」

 何とでも言え。
 愁生の隣だと、よく寝れる気がするからだ。
 あの人たちが言ったことを思い出して飛び起きたくはない。

「蹴ったら問答無用で落とすからな」
「…気ィつける」

 明かりが落とされて、室内は暗闇になる。
 暗い空間は、嫌なことばかりを考えてしまって、嫌いだ。

 力が暴走したあと、一気に俺の周りから人がいなくなったこと。
 親が被った仮面の下は、金のことしか考えていない。
 育てたら、金がもらえる――それだけだった。
 本当の意味で、俺は必要とされていなかった――。

「焔椎真、」

 肩に力がかかって、世界が反転する。

「余計なことを考えるな。おれの鼓動だけを聞いていろ」

 耳に直接言葉が注ぎ込まれる。
 目の前に愁生がいて、触れたところから脈が伝わってくる。

 今世でもどちらかが女だったら良かったのに。
 そんなことを考えた。
 愁生とだったら、子を成してもいい。
 愁生が女だったときもある。
 でも俺が女でも構わない。
 そう思うくらいに、愁生のことが大切だ。

「何も考えるな…」

 魔法の言葉が注ぎ込まれて、頭の奥がジンと重くなる。
 眠気に抗わず、程なく世界は暗転した。


END

2013/04/14

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ