BOOK 黒子のバスケ2

□日向×伊月04
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 くん、と腕を強く引かれて、上体が泳いだ。
 何? そう思って振り返ると、顎に無精髭を生やした男の人がオレの腕を掴んでいた。

 ――え、何。

 頭のどこかで警鐘が鳴る。
 咄嗟のことに体が動かなかったオレは、いとも簡単に細く薄暗い路地へと連れ込まれてしまう。

「オジサンの、見てぇぇえええ」

 何を、と思った瞬間に、男が着ていたフードつきパーカーの前を捲り上げた。
 思わずそこに視線が行き、ボロンとこぼれ出た男根を見てしまう。

「立派だろぉぉう? 君みたいなツンとした子もさぁぁ、オジサンのコレに突かれたらきっとアヘアヘしちゃうよぉぉおおお」

 男が耳元で囁き、生暖かい息が耳朶に触れる。
 ネットリした声が気持ち悪い。

 ――助けて。

 オレの数歩先を歩いていたアイツに助けを求めたいのに、舌が喉の奥に張り付いたようになって声が出ない。

 ――助けて、日向。

 気持ち悪い手が、服の中への侵入を試みて動く。

「オジサンはねぇぇええ、君みたいな可愛くて綺麗な子が大好きなんだよぉぉおお?」
「黙れこの外道!」

 びゅんと風を切る音が、そしてドカッという音がして、男が地面に膝を突いた。

「ひゅぅ、が…」
「…大丈夫か、伊月」
「え…ぁ…、うん」

 オレを庇って立つ日向の手には、鈍器の代わりとなったカバンが揺れている。
 男は日向を鋭い目つきで睨むと、イチモツをしまいながら路地の向こうへ姿を消した。

 角を曲がってその背中が消えた。
 途端に膝から力が抜けて、崩れ落ちた。

「ッおい、」
「だいじょ…ぶ。安心しただけ」

 掠れた声で答える。

「立てるか」

 その問いには首肯して、膝に力を入れる。
 グラリと傾いだ体は、力強く受け止められた。

 もつれる足をせき立てるようにして、速い足取りで日向は歩く。

「ひゅーが、駅あっち…」
「帰る」
「でも買い物が。オレなら平気だから、」

 久方ぶりのデートは、カントクから引き受けた買い物だ。

 進行方向とは逆を指すと、強い口調で吐き捨てられる。

「オレが平気じゃねぇ」

 怒気を表すように、きつく結ばれた唇。
 今も半ば放心しているオレよりも、強い怒りが見える。

「近ぇからオレん家行くぞ」
「ん、」

 引っ張られていた手が外れて、そっと肩に回される。
 そして歩みはさっきとはうって変わった、ゆったりとしたものになった。

 歩いている内に現実味が出てきたのか、思い出したように躰が震える。

「伊月、」
「…大丈夫」

 視線だけで日向の言いたいことなんて分かる。
 強がって笑んで見せた。

 それでもまだ何か言いたげな目をしているから、逃れるようにオレは下を向く。

 駅前から日向の家までは、5分もすれば着く。
 日向はオレを1階に待たせたまま自室に上がって、オレのお泊りセットを持ってきた。

「風呂入って、アイツに触られたところ、全部洗って来い」
「うん…」

 この提案は、本当にありがたかった。
 あの得体のしれない人に触られたところが気持ち悪くて、未だに手の感触が皮膚に残っている。

「部屋にいるから上がったら来い」

 そう日向は仏頂面をして親指で上を指した。
 オレは早く気持ち悪さをなんとかしたくて、勝手知ったるなんとやら、風呂場へ駆け込む。
 日向の家は共働きで日中は誰もいないから、遠慮する必要がない。

 飛び込んだ風呂場で、熱いシャワーを浴びた。
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