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□真琴×遙01
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「次、真琴だ」
「お疲れ、ハル」
表情にこそ出ていないものの、ハルが考えていることなんて、手に取るように分かる。
貴重な泳ぐ時間を奪われたことに対する、不機嫌。
「先に行って、渚たちに俺が遅れるって、言っておいてくれる?」
「あぁ、分かった」
ハルの顔を見る限り、けっこう言われたみたい。
俺もハルと変わらない状態だから、覚悟しないと……。
「失礼します」
向かい合って座ったあまちゃん先生は、困ったように眉を寄せた。
原因は、分かりきっている。
この間書いた、進路希望調査のことだ。
「橘くん……」
スッと机の上に滑らされた俺の調査票は、名前以外が空欄なんだ。
呼び出されるだろうなぁとは薄々、感じていたことだけれども。
「大学が決まってないって子はいっぱいいるけど……、せめて、就職か進学かは決まらないの?」
「すみません……」
「七瀬くんは『フリー』って書いてあるし、ほんと、何を考えているのかしら」
あぁ、ハルらしいな。
本人が教えてくれなかったことを他人から聞くのは複雑だけど、知れてよかった。
あまちゃん先生が頭を抱えている間に、胸ポケットから出したシャーペンで第一希望のところに、『フリー』と書き加える。
それを押し戻すと、普段は柔らかな雰囲気の眉が、きゅっと上がった。
「俺はハルと一緒にいます」
「橘くん、」
「ハルは自由だから、俺がそばにいて、気にかけてあげたいんです」
ハルが大学に行くなら同じ大学に、世界で競泳をするのならマネージャーか何かに。
一番近くにいれる立場で、ハルの面倒を見たい。
「それが、俺の望みなんです」
「ちょっと、橘くん、」
「失礼します」
少し意固地になっているのは自分でも分かっていた。
それでも、“ハルちゃん”を守ると言った幼いころの自分に嘘を吐きたくな
い。
ドアを閉めて息を吐く。
顔を上げたら、真正面にはハルがいた。
「……ッ」
「ハルちゃん?」
顔が、赤い。
火に照らされたような頬に手を伸ばすと、パシリと払われる。
「オレも、真琴がいて、自由に泳げれば……それでいい」
赤くなった顔と、この言葉。
それらから導き出される答えは――
「聞いてたの、ハル!?」
「……悪い」
「いや、別にいいんだけど……」
でも、あの言った内容をハルに聞かれていたと思うと、恥ずかしい。
ハルも真っ赤になってるから、お互い様なんだろうけど。
「ね、ハル。これからもずっと、俺に面倒を見させてくれる?」
「……好きにすればいい」
「ありがと」
俯いてしまったハルの手を取って、歩き出す。
部活にはすっかり遅刻だ。
けど、こんな毎日も悪くない。
そう思うくらいに、今の毎日は充実していた。
END
2014/07/17