★2017テマ誕★
□前略、姉上さま
2ページ/2ページ
「カンクロー!なんだって廊下が濡れてるんだい?!」
姿は見えねど、ご帰還は直ぐ知れる。
テマリの張り上げた声に、シカマルとカンクロウはギョッとした顔を見合わせ、互いが知らぬ間に寝ていたことを知った。
「ァ〜姫のご帰還…じゃん」
眠い目を擦って、滲んだ赤い隈取りが更に眼下に伸びる。
「カンクロウっ!足が濡れたじゃないかっ!だらしないね!ちゃんと拭かないからっ!」
廊下で吠える声がどんどん近づいて、壊れんばかりに力任せの扉が開く。
シカマルはそろりと半目を開け、その勇ましい姿を確認すると、胸の上に置いた右手を挨拶がわりに小さく上げた。
「俺じゃねぇ、そりゃシカマル兄貴だ」
「アニッ、ってバカ言ってんじゃないよ!」
散々、ふざけてきたこの言葉遊びも、テマリの強烈な頭への一撃で終わりを迎えた。
「イッテェなっ!」
こうなっては、希代のカリスマも形無しで。
「ったく、何二人で寝てんだい?傀儡で足の踏み場もないじゃないかっ」
言われて辺りを見渡すと、あれほど大事に並べられていた傀儡が、見るも無惨にあちらこちらの床に散らばっている。
カンクロウは低い悲鳴のような声を漏らして飛び起きると、直ぐ様、それを拾いに掛かった。
シカマルはというと、まだ眠気まなこで半身起き上がり、ソファーベッドに釣られてやって来たのが、結局は床の上かと半笑いで。
それを見たテマリが、「えらくご機嫌だね」と、枕元に仁王立ちしたので、スラリと伸びる綺麗な足を上から下へ視線で舐め下ろし、床に転がる酒瓶が目に入って眠気がぶっ飛んだ。
「なんだい?これは」
テマリのワントーン下がる声に肝が冷える。
「忍が昼間っから酒盛りかい?」
その冷めた視線に威圧される。
「あ、いや…、イロイロあって…飲んだ?飲んだっけか?」
シカマルは記憶を遡った。
あれから意気投合した二人は、傀儡の披露に勤しんだ。
寝つけに一杯という話しになり、一杯やる。
そして更にカンクロウが、新作傀儡のデモンストレーションが成功したとか何とか言って、
「ア、…飲んだわ」
気を良くして取っておきの酒を振る舞ってくれたっけか。
「…イヤァ、度数が高いのなんのって、コロッと寝ちまったな」
「っんもう!二十歳になるからって、無茶な飲み方を覚えるんじゃないよッ!」
目を吊り上げて怒るテマリにいつもシカマルはタジタジになる。
シカマルはこの顔に弱い。それは産んでくれた母があれなのだから、きっと遺伝子に組み込まれているに違いない。
「だって…、心配になるじゃないか」
泣きはしないが泣きそうな顔をしたらしたで。
テマリについてはどの顔にも弱いのだから、それは遺伝子に関係なく、ただ単に惚れた弱味なのだろう。
「ああ、心配してくれてんのか」
シカマルは、てっきり怒られるかと思っていた。
「当たり前だろっ、頼むから、飲んでゴミ箱の横で寝てるなんて、恥ずかしいことやらないでおくれよ。末代まで奈良家の恥っさらしだ」
奈良家の、…ね。
俺が心配じゃねぇのかよ。
テマリは結婚が決まってから、よくこの言葉を口にした。
いつか、気負わなくっていいと言ってやれる日が来るのかな。
シカマルはそんなことを思いながら、やっとのことで床から起き上がり、胡座を掻いて軋む背骨に手をあてがう。
「ァ痛て…」
「こんなところで寝ちゃ疲れなんかとれやしないよ。さ、私の部屋へ行くよ」
相変わらずカンクロウは大切な傀儡を集めるのに必死で。
それを横目に、シカマルはテマリに手を引かれて部屋を出た。
来る道はカンクロウに腕を取られて。
そして今度は、テマリに手を引かれて廊下を歩く。
なんか、デジャブみたいだな。
「濡れてるから、足元に注意しな」
「オワッ、こりゃ結構なもんだな」
石造りの磨き上げられた廊下の床に、見覚えのある褐色の液体が、雨上がりの道のように点々と水溜まりを作る。
そういえば、部屋に辿り着いた時、高級茶が殆んどグラスに残っていなかったことを、シカマルは今更ながらに思い出した。
「カンクロウの奴、っとにだらしないっていうか、行儀がなってないっていうか、」
「あー、これ、俺なんだわ」
カンクロウの仕業と疑わなかったテマリは目を丸くした。
「カンクロウに悪い。何か拭くもん貸してくれねぇか?」
「いいよ…、だったら私が。ていうか、お前たちいったい何してたんだ?」
シカマルは笑って、「楽しかったぜ」とだけ言った。
身体は軋むが、貴重な時間を過ごせたような清々しい気持ちだった。
こんなことがなければ、一生聞けなかったであろうことを聞けたのだから、身体の痛みも変に心地好く感じて。
また、傀儡のデモンストレーションに付き合ってやるか。
でも、傀儡の中に入るのはもう勘弁だな。
「楽しかったって、傀儡がか?…酒か?酒なのか?」
「ンまぁ…イロイロと、な」
訝る視線をくれるテマリを見下ろし、シカマルは胸がいっぱいになる。
「ン?どうした?」
「やっと会えたな」
ここに来てやっと会えた喜びと、出会うべくして巡り会った喜びに突き動かされ、シカマルはテマリの肩を抱き寄せた。
「ッオイ昼間っからッ、弟がいるんだぞッ」
この身体に栄養補給してやる。
「なんだ?気持ち悪いッなに笑って?!」
そして、耳元に唇を近づける。
気持ち悪くても間抜け面でも、もうなんでもいい。
「俺を、選んでくれてありがとうな」
吐息の掛かる言葉に、テマリは瞳にシカマルを映して頬を赤々と染めた。
あのロケットを貰ったら、テマリはどんな顔をするだろう。
歩んで来た道は厳しく苛酷だったかもしれない。
だが、沢山の優しさに囲まれて、テマリは生きてきたんだな。
俺を選んでくれてありがとう。
これからそれは、俺の役目だ。
先ずはテマリに似た可愛い子供をつくろう。
そして、世界中の誰よりも、母に優しい人に育てよう。
最愛の人がいつまでも、穏やかな顔で笑って暮らせるように。
そう、あのロケットの母のように。
-end-