★2017テマ誕★
□前略、姉上さま
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「アニキー、いるかー」
姿を現す前から人をおちょくる。
リビングにカンクロウの声が響くと、シカマルの目の前に座る若年の忍が、浅く腰掛けていたソファーから素早く直立した。
程好い談笑で和んだ空気が一瞬で引き締まって、姉弟随一の気遣いの人と一目を置く彼のカリスマも、なかなかのものだとシカマルは感心させられた。
「待たせたじゃん、アニキ」
足を踏み入れてなおこれだ。
厳つい隈取りが垂れ下がるのを見るなり、シカマルはうんざりした顔をして、「勘弁してくれ」と唸った。
「あれ?アンタ…」
しかし直ぐに、久し振りに見る未来の義弟の風貌に目を見張る。
「また痩せたか?いや、その割に一回りデカくなったような…」
無論、カンクロウとて一端の忍。
シカマルや我愛羅に比べると、少しばかり子供の頃から太っては痩せてを繰り返してきた方ではあるが、肥満のそれとは違う。
だが、明らかに今までと違う解せぬ感覚に襲われ、目をそばめるシカマルを余所にカンクロウはシメシメとほくそ笑んで、サッと黒頭巾をとると腕まくりの可笑しなポージングまでする始末で。
百戦錬磨の希代の傀儡師、なんて仰々しい通り名が泣く。
シカマルは先程の気遣いのカリスマ云々の賛辞を返して欲しいと思うのだった。
「絞れて見えるならいい傾向じゃん。今、肉体改造真っ最中でよ、摂取カロリーを増やして筋肉に変えてるところだ」
何と言えば良いのか、シカマルは迷う。
「へぇ…」
何やってんだこの人は…
「…今、お前、呆れただろ?何やってんだこの人はって感じで」
そりゃそうだろ。
シカマルは若い忍の手前、慌てて、「か、身体が資本だ。忍らしくていいことじゃねぇか」と、風前の灯火と化した威光を取り繕うも、
「って、お前」
心配も何処吹く風のカンクロウは、話し途中で黙って見守る若い忍へ向き直った。
「今日はここまででいいぞ。もうテマリも帰って来る」
「私なら大丈夫です!カンクロウ様こそ任務でお疲れでしょうから、ゆっくりなさって下さい!」
馬鹿な振る舞いも何のその。
正に、羨望の眼差しとはこのことか。
痛いくらいの熱い視線を受け、カンクロウはシカマルに向けるそれとは違う、威風堂々たる毅然とした態度を向ける。
「久し振りだ。義兄と積もる話もある」
いやっまだ義兄でもなんでもないが。
若い忍はハッとした顔をして、「きっ、気づきませんで…!」と深々と頭を下げ、退室の言葉を言って部屋から出ていった。
「さて、アニキ何する?」
「ッ、だからよォ…」
直ぐに態度は元通りで。
カンクロウはテーブルに置かれた、既に溶けた氷のみとなったグラスを手に取ると、部屋奥の格子のついた硝子扉へと向かう。
ここに二度ほど来たことのあるシカマルは、そこがキッチンだと知っていた。
「何するって、もうテマリ帰ってくんだろ?じゃあ、俺のことは放っておいてくれりゃ…」
「家ん中でも案内するかー?」
開け放たれた扉の奥から、声はすれども姿は見えずで。
「…ったく、人の話し聞いてねぇな、いやっ俺はここでテマリを待っーー」
「なに飲むじゃーん?俺と同じでいいかー?それがよー最近我愛羅が茶に凝り出してー」
張り上げた声も空しく、カンクロウは『最近の我愛羅』という、シカマルにとっては興味がありそうで無さそうな話しを始める。
「…マジで人の話し聞いてねぇのな」
暫くすると、相槌を打つのも諦めたシカマルのもとへ、両手に褐色の茶が入ったグラスを持ってカンクロウが戻って来た。
「高級茶葉じゃん」
「へぇ…どれ」
手渡された冷えたグラスをひと飲み、。
確かに渋味と深味がひと味違った。
明け方から歩き通しで疲れた身体に染み渡る気がする。
少し横になりたかったが、もう少しでテマリが帰ってくるなら、それも惜しい気がした。
ひと目でも早く会いたい…。なんてな。
俺も相当、のぼせあがってんな。
「俺の部屋来いよ」
もう一口、と飲み込んだ高級茶を吹き出しそうになった。
「いや、俺はここでーー」
「歴代の傀儡見せてやるじゃん、ってなぁお前っ、露骨にメンドクサイって顔すんなよ」
「さっきから言ってんじゃねぇか。帰って来んのここで待たせてくれりゃいいってよ」
「まーだ帰って来ねぇーよ」
意味が分からない、シカマルはそんな顔をした。
「でもさっき」
「アイツを帰らせてやりたかったじゃん」
隈取りでも隠し切れない、カンクロウの素顔が見えた。
「どういうわけだ?」
「今日母親が手術じゃん。今なら、麻酔が切れた頃に傍にいてやれる」
カンクロウはカラカラとグラスの氷を回し、わざとらしい顰めっ面をして渋過ぎる茶を薄めていた。
「二人家族の癖に意地んなってんだ。周りに何言われたのか知らないが、こっちが気ぃ遣うじゃん」
「そうか」
「だから、お前も」
若い忍への気遣い。そして、俺への。
「俺の部屋に昼寝にはもってこいのソファーベッドがある。ここで寝るより身体も休まるじゃん」
素顔を見てしまったシカマルには、選択の余地は無いようで。
「ンアッ、バカッ、こぼれるッ」
そう思った刹那で、シカマルは腕を無理矢理引き上げられ、強制的に立たされた。
「分かったからッ、離せってッ」
溢れる茶の滴を廊下に落として、二人は練り歩くようにリビングを後にした。
カンクロウの部屋は、メゾネット型の大きな部屋だった。
段差のついた下部フロアーは傀儡の製作室のようで、シカマルの見たことのない器具が壁に吊り下がり、何の装置か分からない様々な物が床に所狭しと置かれていた。
間仕切られた壁の向こうには、黒いベンチシートの端と脚が見え、きっとあれが肉体改造云々のベンチプレスだとシカマルは憶測した。
「広いな」
「だろ」
シャワー室もある。勿論、トイレも。
簡易と呼ぶには大層な造りの流し台には、全成人男性憧れのバーカウンンターまであるのだから、何もかもここで用足りてしまう。
「テマリの部屋と大違いだな」
「アイツは寝るだけじゃん」
以前テマリが、カンクロウは一旦製作に取り掛かると、部屋から一歩も出て来ないと言っていたことを思い出して納得した。
「取り敢えずその辺に座っててくれ」
目当てのソファーベッドはどうした?
そう、シカマルが思った時には、作業フロアーから部屋の中央へ、傀儡を携え行ったり来たりと忙しくやっていた。
「やっぱ傀儡を見せたかっただけじゃねぇか」
行ったり来たりも既に八往復。いったい彼は何体運び出す気か。
シカマルは八回目で数えるのを止め、部屋の片隅に調度良さそうな一人掛けの椅子を見つけて、そこに腰掛けることにした。
「ハァ……よっこらしょ…と」
座って分かる、
「こりゃ、ベスポジだな」
広い部屋の片隅に置かれた椅子。
そこから放射線上に三方の隅々が見え、矢鱈と尻の座りがいい。
傍らには背の高いスタンドライトと、腰高ほどの木製チェストがあり、そこに開き置かれた読み掛けの本が載っていた。
結局、彼もこの隅っこがお気に入りなのかと思うと可笑しくて。
相変わらず傀儡を出すのに精を出す男に、親近感を含んだ視線を投げると、シカマルは更に尻を沈み込ませて、座り心地の良いこの場所に腰を落ち着ける。
で、何の本読んでんだ?
分厚い本を浮かせて表紙を見れば、世界カラクリ全集とある。
「予想どーり…、ン?」
しかしその横に、シカマルが予想だにしない物があった。
厳つい隈取り男には似つかわしくない華奢な銀のペンダント。
菱形のロケット部分は開かれ、嫌でもその中身が、
「ってこりゃまた、」
見る気は無かったが、勝手に写真の方が目に飛び込んできたのだから仕方がない。
苦笑いを堪えるシカマルだったが、何故か見開きに入る白黒写真二枚ともがテマリだと気づいて、顔を歪めることになった。
我愛羅とテマリならまだ分かる。
シス…、ま、まさかな。
シカマルはいつしかそれを怪訝に覗き込んで、部屋にいるもう一人の存在を忘れていた。
「それ、テマリに贈るもんじゃん」
視界から奪うように手に取り、カンクロウは言った。
度を超えたシスコンというやつかと邪推しかけるところだった。
「ン?」
だがおかしい。
テマリへの贈り物にしても、自身の写真を持つことに何の意味を成すのか。しかも見開きで二枚も。
並べた傀儡に興味を示さないシカマルに、痺れを切らしてやって来たカンクロウは、ぶら提げられてクルクル回る見事な銀細工のロケットを、それは大事そうに掌に載せ置いた。
「にしても、なんで二枚ともテマリなんだ?意味わかんネェな」
カンクロウは一瞬驚いた顔をした。
「ああ、そういうことか」
そして、シカマルの目前に開いたまのロケットをぶら提げる。
「目んたま開いて、ちゃーんと見ろじゃん」
シカマルは揺れるロケットに目を凝らして、白黒のテマリをジッと見詰めた。
髪を下ろしてる以外はテマリはテマリだ。
「うちの母親と叔父だ」
「へ?」
「まぁ、母親はいいとしても、叔父貴に…クッ、叔父貴に失礼じゃんッ」
カンクロウは肩を揺らして。
それでも叔父に悪いと思ってか、込み上げる笑いを必死に堪える。
「仕方ねぇだろっ、そんな見てねぇし、まして白黒だしよっ」
「けどッけどよっ、叔父貴、男じゃんッ、に、似てはいるけどよォッ」
とうとう堪えられず、カンクロウは笑い出してしまった。
「アー、そりゃすまなかったなッ」
「叔父貴でこんなに笑ったの初めてじゃんッ」
テマリから聞かされていた叔父の存在。
悲しい結末で人生を終えた、ある意味、我愛羅を愛の忍へと変貌させた男だ。
「話しは聞いてたが…、顔は見たことねぇから」
カンクロウは肩で息を整え、叔父に微笑んでいるのか、小さな写真に目尻を下げた。
「まぁ知っての通り、そんな事情で写真は置けないじゃん」
掌の写真をシカマルに見えるように差し出し、
「こうして並べると、…確かに、一番この血が濃いのはテマリだよな?」
「性格が顔に出てる以外は、生き写しじゃねぇか」
テマリも戦闘に生きていなければ、こんな穏やかな顔をする女になっていたのだろうかと、シカマルは思わずにはいられなかった。
それは、写真を見入るカンクロウもきっと同じで、。
「俺も昔は似てるような気もしてたじゃん?」
ってそんなことを考えてたのかよッ
「ま、昔は知らねぇが今は1ミリもネェな。男はよ、寄る年波で親父に似てくんだわ。俺だってガキん頃は母ちゃんに似てて可愛いなんて言われてたぜ」
「ハアッ?オマエがッ?あの綺麗な母ちゃんにッ?…絶対無いっそれは無いっ、てかっ笑えるじゃんそれ!」
「言い過ぎだバァーカ。お前だって別嬪の母ちゃん捉まえて、似てるたァどの口が言ってんだ?」
「この耳から顎にかけてなんか相当なもんじゃんッ」
「耳?じゃあ俺だってこの生え際とかーー」
そんな半分笑いながらの些細な言い争いから事は始まった。
「この叔父貴はテマリの初恋じゃん」
「アイツはかなりのメンクイじゃん」
「サスケとの初対面は目も当てられなかったじゃん」
シカマルは徐々に返す言葉を無くしていった。
テマリが面食いなのは知っていた。
サスケのことは今ではイノらとの笑い話でしかなく、あれは性急だった、子供だから馬鹿正直さが口をついたのだと、テマリは面食いであることを否定はしない。
じゃ、なんでオレ?
そんな疑問が沸き上がった。
俺って女に惚れられる要素ってあんのか?
テマリも昔から俺のことを間抜け面とか言ってなかったか?
「もしもーし?アニキ聞いてる?」
「ンアッ、あ、ああ。って何の話だったか?」
「つーかアニキってとこ、もう突っ込みもしないじゃん」
見詰め合って、二人顔を歪める。
「ヤメ…」
「ってか遅いじゃんッ!しかも全然気持ちこもってないじゃんッ!!」
「そう言うなって。俺だって考えごとくらいすんだろ」
息巻く指摘にバツが悪くなって、シカマルは頭を掻いた。
「考えごと?」
「まぁな」
「そう悩むなって。そうだな、強いていうなら、髪の色と髪質は一緒じゃん?俺なんかそれすら違うじゃん」
「バッ違うッ」
シカマルの前のめりな否定に、同情を見せていたカンクロウは面喰らった。
「母親と似てないってことじゃ?」
シカマルは大きな溜め息を吐いて、背凭れに深く凭れ掛かった。
「ンだよ?ハッキリ言えって」
「…だから…なんで……食いな……なんだって…」
「サッパリわっかんねぇじゃんッ!」
「ア"ー!だからなんで面食いな癖によりによって俺なんだってっ!そう思ってだなア」
「プッ、」
「テメッ、」
「イヤッワリィ、こりゃ笑ったら失礼だわっ」
シカマルはプイッと横を向いて、完璧に臍を曲げた。
「マジで悪かったじゃん。だってよォ、お前でもそんな顔すんのな」
「ッ、ウルセェ…悪いか…」
「冗談が過ぎたじゃん。お前にマリッジブルーでも起こされた日にゃ、テマリに殺されるじゃん」
カンクロウは改まって、
「じゃあ、特別に教えてやるじゃん」
そう口にすると、斜に見るシカマルにたっぷりと勿体をつける。
「お前は、叔父貴に似てるよ」
「ハア?!慰めにもならねぇ!眼科行った方がいんじゃねぇか?!似ても似つかねぇことくらい俺にだって分かる」
「顔じゃないじゃん。ここ」
カンクロウは親指で左胸をトントンと叩く。
「叔父貴は砂の里一番。お前は木ノ葉一番」
「なんだよ…?」
「優しい男、だろ?」
「やさ、…俺が?俺なんかよりそんな奴ァ五万といるだろ」
「いないじゃん。ケジメのために命を投げ出せる奴なんてよ」
シカマルは何も言わずカンクロウを見詰めた。
「大事なもんのために、笑って死んでいける…そんなクソ優しい奴、いないじゃんよ」
似てるかよ。
「俺は、死んでねぇぞ」
「ハッ、笑わせんな。死んでもおかしくなかったじゃん。なんだって不死のヤローなんかと」
それは、筋を通すため。
無謀だと分かっていても、真っ直ぐに、大切な者のために。
「テマリも馬鹿じゃないじゃん。ちゃんと里一番の優男に惚れてんだ」
「優男っての、意味が違うんじゃねぇか?」
「じゃ、クソバカ優しい奴か?」
「勝手に言ってろ」
前言撤回。希代の傀儡師は気遣いのカリスマだ。
それから二人は、大量に出された傀儡の山に向かった。
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