★2017テマ誕★
□to me…C
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◇◇◇
前触れなく襖が勢い良く開いて、テマリは驚いた。
そして、それ以上に驚いたのは、手に何も持たず舞い戻ったシカマルが、座敷に踏み入るなり目も合わせず、凄い勢いで真横に胡坐を掻いたからだ。
開けて踏み込んで座る。
ただそれだけの一連の動作に、えっ、えっ?、えっ!と見開かれたテマリの目は三段階に瞳孔を収縮し、太腿にシカマルの膝頭が当たるか当たらないかで、反射的に座布団の上をにじり身をかわした。
「ケッ、ケーキはッ…どうしたッ?!」
今、近づかれるのはキ、キツイ!
焦んなッ!今直ぐ襲われるわけでもなしッ!
テマリがそう思えば思うほどじりじりと、ほんの数秒の物言わぬ時間が耐え難い。
あぶら汗と悪寒が同時に起こり来るような、経験したことのない感情の昂りに、そこにある危機に黙るのは得策ではない、先手打つべしと、戦闘で発達した前頭葉が絶え間なく指令をかけてくる。
「シ…シカ…マ…」
こういう時こそ何か気の利いたことを言わねばッ、
わっ、ワタシに出来ることッ、大人の女として何か…ッ、
「ぁ…ケ――」
だからっケーキはもうどーでもいいんだッ!
壊れた前頭葉など今は無視だ。
努めて平静を装い、何食わぬ顔で逸らした視線を傾けると、隔てる物なくこちらを見ている熱っぽい顔とぶち当たる。
ひぁッッやるのかッ?!ヤル気なのかッ?!
カッ勘弁してくれッ!まだ心の準備があぁぁッ!!
テマリの頭の中で、シカマルの使い魔になった円形の輪郭浮かぶ四角い袋状物体が、主の号令を受け、群れを成して一斉に襲い掛かってくる。
袋が裂け、無残に中が飛び出した物や、もう袋など用を成さないそのものズバリの萎びれた風船みたいな物、そのすべてが、無駄に格好の良い鋭角な羽根をつけて、テマリの頭上を飛び回っていた。
『来るなら来てみろ!』『新技の風遁をお見舞いしてやろうかッ!!』
そんな現実逃避の攻防に気を取られていたものだから、いきなりシカマルに手を握られ、テマリの心臓は響くドラ鐘も高らかに止まる寸前に。
「まゥッ!まてィッ!!」
マウッてナニ?!
テマリは既に軽いパニックだ。
たった一個のあんな物のために、他の女と同じはイヤ、その他大勢なんて願い下げだと、被害妄想が突抜け始めた。
「待てねぇ」
ままま待てないってオマエッ!!
順番ってもんがあるだろ!軽い女と一緒にすんなッ!!
「頼む…」
「…ぁ」
グイッと憂う顔を寄せる惚れた男の懇願に、一転、このまま流されても後悔しない気にもなる。
動きを止めた魅惑の唇に視線を落とし、キスくらいなら、いや、私もキスしたい、そんな逆上せた思いでフワフワと頭が白んでいった。
ああ、シカマル…お前は卑怯だ。
そうやって女をタブらかしてきた…のか…?
「頼む…早い方がいいんだ…」
やっぱりキスだけじゃないんだな…
ワタシ…ここで襲われるのか……
その先は・・・その先・・ええいッままよ!!
百々のつまり、最後はハッタリ。
テマリはそう自分に暗示を掛け、これでもかとギュウッと目を閉じた。
流されてもいい。もう、他の女なんてどうでもいい。
もう1号だろうが2号だろうが、…3号はちょっとイヤだが…常識なんかに囚われない。
愛は犠牲だ。恐怖は超越した。
私に出来ることは・・それくらいしか・・・
燃え上がる熱情に焦がされ、直ぐ様、息が止まって鼻がヒクつく。
絶対、鏡があってもこの顔だけは見たくないと、そんなくだらないことを考えでもしなければ、震える唇に触れる感触にばかり集中してしまう。
触れる……触れてくる…、
一秒が永遠にも感じて。
お前が…、そうしたいというなら……もう構うもんか。
「テマリ」
テマリが息の仕方を忘れてしまった頃、やっとシカマルが口を開いて、ガチガチに固まっていた身体の力が抜けるのが分かった。
「その男と…、別れてくれ」
テマリは、シカマルが何を言い出したのか理解できなかった。
「こういうことは早い方がいい…いや、違うな…、後回しにしちゃいけねぇ…と思ってだな」
愛は犠牲でもなんでもなかった。
呆気にとられて自失しているテマリが我に返ると、おかしなことにシカマルの真剣な眼差しは、感極まったようにじわじわと濡れ始めた。
えっ、これ……ナニ?
「お前とその男の問題だってことは分かってる。だがな、だが…、もうお前の問題は、俺の問題でもあるってことを分かってくれ」
これは…なんの冗談だ…?
「俺にも関わる権利はあるだろ?」
「…もん…だい?」
テマリは、やっとのことで口を開いた。
「…ダレとダレの…問題…?」
「責めちゃいねぇ。もうとぼけなくったっていい。つーか全部分かって言ってるから心配すんな」
「あああのォ、言ってる意味が…よく…」
問題って何?!心配って何?!
別れる?私が?…誰とだ?
「今はお前の置かれた状況ってのが分からねぇが、俺は、俺はよ…、何だって受け入れるつもりだ。いや、つもりじゃねぇな、受け入れる。じゃねぇ…受け入れさせてくれ、受け入れさせて下さい」
シカマルは益々黒い瞳を輝かせ、けれどその表情は、どこか悟りを開いた僧侶のように、落ち着きを以て語り掛けてくる。
無論、テマリにはそんな悟りの説教など必要もなく、何をどうしてだか、シカマルが勘違いをしていることは分かった。
ならば、事情を正したいのは山々だったが、事情はどうあれ、シカマルが気持ちを吐露してくれていることに間違いはなく、
「何言われたって…俺がテマリを守る…」
正すも正さないも、ただテマリは嬉しかった。
「お前を誰にも渡したくねぇ…」
聞きたい、。
それをずっと聞きたかった。
「そこまで…私のことを…」
想ってくれているのか…?
「ああ、好きだ。いやもう、好きっていうより…むしろ、愛しちまってる」
聞きたかったくせに、いざ言われてみると予想以上に甘く。
他の女は…?今は私だけ…?
じゃあアレは私のための物なのか…?
と、疑惑を思い出した時にはもう手遅れで。
考えあぐねた大人の女の欠片もなく、恥ずかしくもテマリの顔は熟れ過ぎて地面に落っこちた林檎のように赤く、取り繕えないほど崩れてしまっていた。
◇◇◇
ああ、やっぱ可愛い。
シカマルは、取り繕ろうとすればするほど、あたふたと赤くなるテマリを見て、そう思わずにはいられなかった。
「好きだ。むしろ、愛してる…、俺にはお前が必要だ…」
一度、意を決して言ってしまうと、今まで言えなかったことが不思議なくらい何度でも言えてしまえた。
それもこれも、まだ見ぬライバルがあればこそで、シカマルはここに来る前、決めていたことがあった。
男がなんだ。同時進行だろうが、テマリが俺を選んでりゃそれでいいじゃねぇか。
自分に出来ること、自分がどうしたいのかを考え、導き出した答えは、気持ちを伝え、テマリの気持ちを確かめること。
そして、二人、気持ちを一つに困難に立ち向かえばいいと、そんな前向きな気持ちいっぱいで座敷に戻って来たのだった。
「だから、テマリの気持ちを聞かせてくれねぇか…?」
握った手にもう一方の手を重ねると、目を逸らして爆発しそうなほど赤いテマリは、結んだままの唇をグッと噛んだ。
「そうやって…お前は…、」
「…俺?俺がどうした…?」
凄く声が小さい。
シカマルは子供にするそれよりも優しく、テマリの口元にゆっくり耳を寄せていく。
「…からかっているのか…?」
待ちに待ったテマリの口から絞り出された言葉がこれで。
からかってなどいないシカマルにとって、拒絶とも取れる台詞に、一気に血の気が失せっていった。
オ、オレじゃダメってことなのか…?
「勘違いはもういい……お前は…上手く言うし…上手くやるよな…」
ハ…?
「私なんて全然…ダメだ…」
そう言ってテマリは、まだ朱色を残す顔に片手を当てて、それで顔が隠れるとでも思っているのか、表情を隠そうとする。
何を言わんとしているのかは分からないが、シカマルにもただ事ではないらしいことは分かった。
「いつも、いつもそうじゃないか。私なんて、三つも上なのにこんな慌てて…みっともないよ…」
「別にみっともなくなんかーー」
「みっともないんだッ」
直ぐに言葉は遮られた。
「どうせ誰かと比べているんだろ?」
誰かってなんだ?
俺が男のことを持ち出したから、こっちにも言ってんのか?
それとも、自分でケリをつけるから、俺にはその男と関わって欲しくねぇってことなのか?
テマリは怒ったり黙り込んだり。
「分かった」
まったく身に覚えのないことなどとは思いも寄らないシカマルは、気持ちを汲むことで度量の深さを示そうとした。
「分かった…だと?何が分かったというんだ?」
不安定な女に一番やってはいけないことは、安易な同意だ。
頭で分かっているはずのシカマルも、惚れた女が相手と来ては、さすがの男も自ら虎の尻尾を踏む。
「テマリの気持ちを尊重する。でも、俺をどう思ってるかだけは聞かせてくれ…」
拗ねたようなテマリの表情を見れば、シカマルにも機嫌を損ねたことは火を見るより明らかで。
「そしたら俺は、お前を信じて待っていられる…」
しかしそれがどうだ、今の一言で今日初めてパッと視界が開けたような、テマリにいつもの屈託のない明るい表情が戻ったのだから驚いた。
「本当か?!」
「え?あ、ああ、だからテマリの気持ちを聞かせてくれ…」
「違う違うっ、本当に待ってくれるのか?!お前はそれでいいのか?!」
良くはない。だが、ここまで惚れたら誰のものかなんて関係ない。
ただ別れるのを待つのは拷問みたいなものだが、
最終的に俺を愛してくれりゃーー
「我慢できるのか?!」
「我慢…ならねぇが、我慢…する。してみせる」
「女と違って男は我慢できないと聞くが、…私の気持ちを尊重というのなら…け、け、結婚、結婚するまで待ってくれるか?」
「結婚?!」
シカマルはすっとんきょうな声をあげた。
結婚すんのか?!その男は許嫁かなんかか?!
結婚したら俺と不貞やり放題とでも言いたいのか?!
「ちょ、ちょっと…ちょっと待ってくれ…」
シカマルはテマリのことが分からなくなった。
俺の知る思慮深いテマリは何処へ行った?
不貞?テマリが一番嫌がりそうなことなのにか?
「結婚…すんの?それ…もう決定かよ…、俺のことーー」
言い終わる前に、思いっきり頬を張られていた。
「イッテェ」
「最初から遊びのつもりだったんだな!!」
「へ?」
「おかしいと思ったんだっ!結婚するつもりもなくて何が愛してるだ!!私はお前のこと本気だったのにッ!私は何番目だ?!」
突然の愛の告白に驚くも、この時、話の違和感に気づく。
「私はっ、本気でっ、ってバカッ!!!」
「テ、テマリっ、」
突如テマリは感情を爆発させ、雪崩れ込むように胸に飛び込んできた。
「好きで、好きで、もうどうしようもないじゃないかぁーッ!」
手加減無く胸を打つのが痛くて、シカマルはその手を掴み取る。
動きを止められたテマリは、俯いたまま顔を上げなかった。
「…痛い、離せ」
手を離した代わりに、酷く抵抗するその顔を掬い上げた。
「結婚しろとは言わない…、けど、遊びは…イヤだ」
衝動だった。触れるだけのキスをした。
「流されるのも…イヤ…、他に女がいるのもイヤ…、バカみたいにイヤなことばっかり」
怒ると思ったら、そんな愛らしいことを言うから。
堪らなくて、。
息をつく間もなく寄せた唇で深い口づけをした。
シカマルは話の食い違いに気づくも、今はもう少し、素直になったテマリを味わっていたい。
訂正するのはこの後でいいか、。
◇◇◇
「何を勘違いしたのか分かんねぇが、後にも先にも俺はテマリしかいねぇよ」
「私だって他に男なんていないぞ」
「でも、……これ」
今は洋服で隠れて見えない鎖骨辺りを、シカマルは指差した。
「これ?あー!実はこれ、内緒ってことになってんだが…、ま、変な誤解もいやだしな…」
テマリは少しの思案の後、口を開いた。
「昨日の女子会でヒナタが酔っ払ってな。で、これだ」
襟ぐりを指でつまんで持ち上げる。
「点穴」
「テ、テンケツ?!日向に点穴突かれたのか?!ケ、ケガは?!」
シカマルの驚きように、テマリは苦笑いした。
それはそうだ、日向一族にそれを突かれたら無事ではいられない。
「クッソ、ナルトのヤロー!明日ナルトに嫁の文句言ってやる!」
ヒナタではなくナルトにというのが可笑しくて、テマリは笑った。
「砂に知れたら…」
「酔っ払ってるから全然本気じゃないよ。大事にするな」
シカマルはまだ何やら言いたげで。
「しかし、笑いながら皆の点穴突きまくって大変だったな。かわいそうだから内緒にしておいてやろうと…」
皆でそう決めたのに、悪いな。
「面白いのが、酔うなり私のこと『隊長〜!』って言ってさ、プスリだ」
「プス…、へ…へぇ…隊長ねぇ…だからか…」
何やらブツクサ言って、納得したようで。
「本気じゃないとはいえ、テンテンは休止とかいう点穴を突かれてさ。そのあと二時間、ピクリともしなかったな」
シカマルは悲愴な顔をして、矢鱈と額を撫でていた。
「ま、いいや…、で、テマリのそれはなんの点穴だ?」
「…これか?…さぁ?」
「抑制無効の点穴とか?たまにはそういうのも可愛いかったりするな」
「いつも可愛くなくてすまなかったな!」
そして暫し、可愛い台詞をもう一回言って、もう二度と言わないの押し問答をした。
「ヒナタで思い出した。そういやァ、これ渡してくれって」
シカマルは上着の胸ポケットから財布を取り出して。
「髪くくるゴムだってよ。合同任務で貸したらしいじゃねぇか。そのお返しだって、新しいの買ってくれたらしいぜ」
手渡されたのは、小さな四角い袋。
勿論、中に円形の物体が。
「会うことになるなら、俺があずかる必要なかったんだがな」
まっ、紛らわしいわッ!!!
テマリは心で叫んでそれを握り潰した。
「で?何をどうやったら、俺に他の女がいるなんてことになんだ?」
言えない。
口が裂けても。
そして二人は、暫しキスの嵐の押し問答をする。
愛は犠牲でもなんでもなかった。飛んだお笑い種だ。
いつか、こんな風に流されるなら、いいか、。
ーendー