★2017テマ誕★

□to me…B
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◇◇◇


テマリは襖を閉め、再び座布団の上に座り直した。
無理に団子を詰め込んだ喉がカラカラに渇いて、ゴクリと唾を飲み込もうにも、妙な音を立てて空気が落ちる。
襖向こうを気にして散々と食べ散らかした串をしげしげ見詰め、やおら弾かれたように散らばる残骸を集めて包装紙で包み直した。

変だ。シカマルが変だ。
部屋を出ても一向に立ち去ろうとせず、それどころか、顔を出せば化け物でも見たような顔で驚かれた。
しかも、あれはなんだ。
お前の何処にそんな爽やかな要素があったのかと思うような、自身の知るシカマルの根底を疑うほどの笑顔で笑われた。

「……アイツ……やはり……」

企んでいる。

「アアァ…」

そう思ったが最後、テマリは火がついたように蒸しあがる顔を両手で覆った。

「ああぁ…、どうしよう…」

気を静めようと持ち上げた湯呑みが小刻みに揺れ、頂点に達した緊張から震え出す右手を、何とか茶が溢れる寸前に左手で押さえつけてやる。

ここに来ること自体、ある種の決意みたいなものが必要だった。
それは昨日から何度も考えたこと。
必ずしも誰もが通る道で、テマリとて避けては通れないことは知っている。
大人になるための通過儀礼と思えば、吐き気を伴なう胸のドキドキも、

多少は軽減されて、

「ってウソ言えッ軽減なんかされるかッ!!」

テマリは、キレイに包み直した団子の包みをグシャリと握り潰した。

好きな男と、いや、それ以前に、生まれてこの方、誰にも触れられたことのない身体に触られる恐怖。
ともすれば、組んずほぐれつ、一糸纏わぬ素っ裸で肌を合わせることになる。

・・・そ、そんな、。

覚悟が…覚悟…かく…かく…、ま、股を開く覚悟なんて出来かッ!
どのツラさげてその覚悟に挑めばいいんだ!!

眠れぬ夜をまんじりともせず過ごし、どうにかこうにか流れに身を任せる覚悟を取りつけたつもりだった。
しかし、一度考えがそちら及ぶと、全身が泡立つのを止められなかった。

もう、ダメだ・・死ぬ・・・
未知の恐怖と緊張で爆発しそうだ・・・

「ああシカマル…、キスもまだなのに…オマエどうして…あんなものを…」

そう、キスくらいならなんとかなる。
だがシカマルは、俄然ヤル気だ。
あんなものを持っていることが、その証拠で。

そりゃアイツは健全な男だしっ、
互いが愛し合っていればそうなることもっ、

そう…、

「や…やぶさかでは…ない、…な」

寝床で何度となく出した結論に結局は行き当たり、知らず知らずに畳の上に書いたのノ字を見て胸がキュッとなる。
やぶさかでない。愛されているなら。愛されてる。愛されて…

しかし、そこでテマリは最悪なことを思いついてしまった。

待てよ…、問題はそこだ。
私たちは愛し合っているんだよな?
そ…それは……、確証がない。

そして、その疑心暗鬼は更に最低最悪にテマリを追い詰める。

あ、ーーあれは私のための物か?

テマリは、その確証すらないことに気づいた。
いつなんどき、もしもの時の為にシカマルが常備しているものだとしたら。

他にも、女が…?!

シカマルの交友関係を思い浮かべた時、良く知る顔が浮かぶばかりで、その他諸々が浮かばない。
シカマルの日常を構築する後輩、先輩、同僚たち、テマリは誰一人、その人々を知らないことに驚愕した。

結構、アイツ、慣れてたんだよ…な…

思い返せば、シカマルはあまりにも慣れていた。
さらりと食事に誘ったり、いきなり人前で手を繋いだり。
いつもテマリは恥ずかしさで頭が沸騰しているというのに、シカマルは照れもせず飄々と、まるで、女心を心得ているように接してきた。
もっと言えば、恋愛初心者の女心を弄んでいるかのようにも感じる。

やはり、財布に入っていたアノいやらしいブツは、私に後ろ暗いことがある証拠では…?

シカマルと何度となくデートを重ね、近頃、感じていた違和感。

愛し合っていると自信をもって言えない自分がいる。
互いが惹かれ合っていると疑わず、流れで付き合ってみただけのお試し期間の延長みたいなものだったのかもしれない。
女がいるのか、いたのかは定かでないが、何一つ確かな言葉も無いまま、シカマルが作る余裕綽々な既成事実で、体よく固められていただけではないのか。

いまだに好きだと言われたことがない。
イチイチ女慣れした対応に、女の影がチラつくんだ。

胸の奥に燻る不安は、これだった。


私は一体どうしたい…?
シカマルは私にどうして欲しい?

私に出来ることは・・・


テマリは茫然と庭を見詰めた。
優しい音色の風鈴が鳴っても、寒々した心には何も響いてくれなかった。
一度覗き込んだ猜疑の淵は、えぐれた地獄の谷より深くなっていく。




◇◇◇


シカマルは台所まで駆けてきた。
何より自分を信じる男であったが、今回ばかりは自分の目を疑った。
アレはアレなのか?そう何度自分に問い掛けてみても答えは同じ。
間違いなくアレはアレで、新婚馬鹿が見せつけるアレと同じアレである。

「…マジ、か」

考えてみれば、テマリが奥手だと勝手に思い込んでいたのも自分だ。
シカマルの言動で狼狽えるテマリが、イコール、経験が無いとは限らない。
一般的には、男よりも女の方が早熟というから、シカマルの同期より早く、華の妙齢に達したテマリがそうであっても不思議はなかった。

「…マジか、マジなのか…」

テマリの大切さに気付かず、一人で生きてますみたいな顔でギスギスやっていたあの頃。
テマリは、誰か別の男に好意を寄せていたのだろうか。

アノ頃?そんな確証はねぇぞ。
ああそうだ、そうだよな。もっとずーと前かも。大戦中か?もっともっと前か?

シカマルは、膨らみ続ける不毛な想像に頭を抱えてしゃがみ込んだ。
シンク下の扉に凭れ掛かり、気を落ち着かせようと、蒸し暑い台所の空気を肺一杯に吸って吐き出したりした。

いいか?そんな昔のことなら、いちいち考えても仕方がネェ。
テマリだって人の子だ。恋もしただろうし、恋人だっていただろう。

って昔?昔じゃネェだろ、なに都合よく考えてんだ俺は?!
さっきも結論づけたじゃねぇか、あの痣は近々も近々!昨日とかの話しだ!!

「ァア…、頭が…回んねぇわ…」

どう考えても昔の男ではなく、危機は現在進行形にある。
悪賢い海千山千を相手に、この歳で数多の修羅場を潜って来たはずのシカマルも、男女の修羅場となると話は別で。
現実から目を背けたい度量の小ささを目の当たりに、頭を膝小僧に挟んで力無く項垂れた。

なぁテマリ……アンタ、男がいるのか?
しかも、木の葉に…?

シカマルがテマリにいつから好意を持っていたのか、シカマル自身も謎である。
中忍試験の会場で恐ろしく残忍な姿を目にした時か、ハタマタ、一足先に上忍となった彼女に、周囲には無い大人の魅力を感じていたからか。

それは分からないが、ただ言えるのは、いつからかテマリが特別な存在になっていたことは紛れもない事実で。

紆余曲折を経て、この女しかいないと気づいてからは、とんとん拍子にことは進んだ。
シカマル自身、上手く運び過ぎることに不安はあったが、それはそれ、旧知の仲の阿吽の呼吸とでも言いますか、雲が気流に乗るが如く自然な流れで盛り上がっていく互いの気持ちに、世に言う結ばれる運命とはこういうものなのかと思っていた。

互いが盛り上がってる…だと?
いったいどの口が言ってんだ…?

テマリの気持ちを確かめたこともなければ、自分の気持ちを伝えたこともない。
会うたび盛り上がりを増す気持ちに浮かれて、足元を掬われないようにするのが精一杯だった。
微笑み返すテマリも、きっと同じ気持ちなのだと疑いもしなかった。

イヤイヤだったのか?イヤ、イヤイヤってことは無いだろ?
イヤイヤで木の葉くんだりまで来てくれるかよ。
テマリはそんな筋の通らない女じゃねぇ。

じゃあなんだ?俺のことはイヤじゃねぇが、別の男がいるってことか?

そ、それじゃフッ、フタマタじゃねぇか?!
だぁから、テマリはそんな道理の通じねぇ女じゃ――あっ、別れられない男がいるってことか?
別れられない、じゃ語弊があるな、

別れてくれない男がいる。
膝の間から顔を上げたシカマルは、そう思い至ってやっと腑に落ちた気がした。

そいつがここまで追い掛けて来たのか?
テマリは別れたがっていて、そんでもって、嫌がるテマリをーー

ち、力尽くでかっ?!
っんだとォ俺のテマリを?!ムッ無理やりってことか!!
それ以外なにがあんだよ!!くそがッ!!

そう考えれば辻褄が合うとシカマルは思った。
昔の男と自分との板挟みで悲痛なテマリ。

胸が苦しい。
その心情に気づいてやれなかった自責の念か、もしや自分の方が間男ではないかという一抹の不安せいか。
膝を抱えて蹲る苦しい胸は、張り裂けんばかりにキリキリと締めつけられた。


俺は一体どうしたいんだ…?
テマリは俺にどうして欲しい…?

俺に出来ることは・・・


もう、どれほど時間が経ったのだろう。
胸の痛みもさることながら、板間に下ろした尻まで痛くなってきた。
恋に悩める負の想像力は、切り立つ煉獄の剣山を越え、天突く勢いで聳え立つのだった。



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