★☆410fes企画2017☆★

□rain〜高嶺の風花さんepisode2
1ページ/1ページ

地下鉄砂里駅三番出口の階段を、シカマルはゆっくりと上がる。
そこはカフェ風花の最寄り駅。
見上げる四角く切り取った空模様はどんより暗く、初めて二人で出掛けることとなった記念すべき日は、朝から雨雲が立ち込める天候的には良き日とは言い難い日となった。

「まいったな…」

しかし、たとえそれが嵐であろうと、今の弾む心で捉えれば、

「確かに…美味かったけど…」

堕ちてきそうな灰色の暗雲も、先日、食べた風花お手製黒胡麻プリンなる物を思い出させて、香ばし甘く、胸踊る。

そう、シカマルは浮かれているのだ。
真っ直ぐ地上へと向かう煤けた階段も、テマリという天使が待つ天国への階段のようで足取りは軽い。
これがデートかデートでないかは、互いが触れずにいたから考えないとしても、敢えて踏み締めるように階段を上る本人の了承もなく、勝手に高鳴るばかりの鼓動が、隠し切れないシカマルの期待値を物語っていた。



春の嵐か荒ぶる天気に、地上に顔を出した刹那で、ホウキ頭が鞭打って風に吹きすさぶ。
待ち合わせは地上出口から程近い、雑居ビル一階の小さな雑貨店前。
まだ十分前だというのに、テマリは人待ち顔でどこか遠くを見ていた。

「おもしれぇ…」

テマリの下ろし髪もシカマル同様、強風に煽られ、まるで怒れる風神のようにめちゃくちゃに掻き乱されていて。
既に諦めの境地なのか、手で押さえることもせず風にされるがままで。
何とはなしに足を止めたシカマルは、そんな無防備に可愛い姿を見ていたかったが、直ぐに視線に気づいたテマリが手を振り、それは終わりを告げた。

人通りも少なくない。
手を振るテマリにこちらも手を掲げて応えるしかない。恥ずかしいけど。
そんなシカマルの、戸惑いがちに浮かせた手に握られた物を見て、テマリは分かり易く“しまった”という顔をした。

「おはようさん。少し早くねぇか?」

近づきながらシカマルは言う。
約束は午前九時。目的地には、移動を入れても十時前に着く予定だった。

「待たせるの嫌いだからな…でも、シカマルだって早いじゃないか」

「男は先に来て待ってるもんだろ、」…所謂、デートってもんは。

デートかどうかも定かでないこの“お出掛け”の、深意を質す言葉は呑み込んだ。
繊細な男心など知ってか知らずか、テマリはそんなことより上空を気にする風で、話しながらも低く広がる曇天に目を向けていた。

「雨、降りそう?」

やっとこちらを向いたと思ったら、そう言ってシカマルの紺色の傘に視線を落とす。

「どうかな。これは、まぁ…出掛けに降られちまって、仕方無しにな」

「そうか…こっちは早くから小雨が降ったり止んだりでさ。さっき漸く止んだんだ…」

近頃の天候は変わり易く、予報は良く外れた。

「何度も見たんだ、予報は晴れだったし…昨日から見るたびに変わって…」

所在ない顔をして、テマリは傘を持たなかった言い訳をする。
何度も天気予報を見て楽しみにしていたと白状した台詞に、シカマルは顔が綻ぶ前に頬を指で掻いた。

「降らないといいけど…、やっぱり、取りに戻る時間…ないだろうか?」

「ねぇな」

俺としては、降ってくれた方が有り難い。相合い傘も出来るし。
出掛けに降られなければ、こんな邪魔な物は持って来なかった。
天気に感謝だな、と、シカマルは思った。

「じゃ、行きますか」

「…ああ」

まだ何か言いたげなテマリを促し、ついさっき地上に出て来た三番出口から改札へと向かう。
拳ひとつの近づけない距離をきっちり保ち、時に横並びに、時に前を行き、混み合う人の流れにテマリが呑まれないよう、シカマルは目指すホームへと進んだ。







いつものようにカフェ風花に集まって、 いつものように無駄話に花を咲かせる。
いつもの席にいつもの面子。いつもと違うのは、この日は他に客が居ないのを良いことに、テマリもオレンジジュースを片手にストローをくわえる砕けた感じで、カウンター越しから話に加わっていることだった。

すっかり春めいた彌生の四方山話は、新学期早々にサスケとサクラが付き合い始めたとか、ナルトとヒナタがいよいよイイ感じとか、キバの家に子犬が三十ニ匹も生まれただとか。
話があちこちに飛ぶ、麗かな春の近況報告から、何の話でそうなったかはシカマルの記憶にないが、話題は其々の贔屓球団の話しになって。

ナルトが「優勝は東京イエローフラッシュだってばよ」と言えば、
リーが「いえいえ、横浜ブルービーストのガイは今年も三冠王間違いなしです!」と返す。
そしてキバが「でもよっ、なんだかんだで今年も優勝は広島レッドドッグで決まりだろ!」などと割って入った。

まだ公式戦は始まったばかり。
四人並んだ端に陣取るシカマルには、加わる気にもなれないどうでもいい話で。
しかしそれも、笑みを湛えて見守っていたテマリが、シカマルに向かって身を乗り出すまでの話で。

「あまり良く知らないんだ、野球のこと」

盛り上がるナルトらに聞こえるのを憚ってか、小声で口に手を当てる姿は何とも可愛いくて。
近頃、こうして話し掛けてくることが多くなったのは、心の距離が近づいた証拠なのか。
然して野球に関心のないシカマルだったが、ここは興味がありそうなら誘ってみても…などと、迂闊にも考え至った自分に驚いた。

焦るな。テマリは“良く知らない”と言っただけだ。
早まってそんなことを言えば、がっついていると思われる。
そう、シカマルは、勢いで気持ちは確かめているものの、自ら後日言うと言った自縛に雁字搦めだった。

切っ掛けが量れない。
今はそういう気になれないと言われたら?
最悪、あれは吊り橋効果だったと言われたら?

もう立ち直れねぇよ。

「一度、行ってみたいが、機会もなくてさ」

恋の迷宮をさ迷う男を他所に、テマリは独り言のような呟きを寄越す。
シカマルは躊躇することなく、「じゃ、今度連れてってやるよ」と言った。言ってしまった。
テマリは一瞬、驚いた顔をしたが、直ぐに笑顔を見せる。
切っ掛けを考えあぐねていた癖に、テマリの言葉に迷いが吹き飛んだ。

デートかそうでないかは、この際、考えないようにして。

「そーこ!なーにコソコソしゃべってんだってばよ!」

当然、二人の話しはそこまでとなり、ナルトらの話しにシカマルも巻き込まれていく。

「コソコソだァ?お前らの野球談義を、ここで膨らませてやってたんだろうがよ」

「アニ?やっぱ聞いてねぇな!野球談義はもう終わったんだってば!今はホットヨガの話し!」

「ホ、ホットヨガだァ?」

「えっ?テマリさん野球に興味あるんですか?!ではではここは一つ、僕がテマリさんの為に選手応援歌を歌ってさしあげましょう!」

「いいぞ!リー!!」

そんなことより初めてのデート。いや違う、デートらしきもの。
瓢箪から駒のテマリの有り難いフリも、ナルトの邪魔で話し半分で途切れて、

「さぁ〜シカマル君!君も歌って下さい!」

淡い期待は泡と消えたかに思えた。

何が悲しくて、贔屓選手個々の応援歌を聞かなければいけないのか。
延々と続く歌合戦は、帰宅した我愛羅が店に顔を出すまで続くことになった。

「えらく盛り上がっているな」

「お帰り我愛羅!」

飛び上がったナルトに、待ってましたとキバとリーが次々と席を立つ。
無論、それに続いてシカマルも、。

「この週末とか…ダメか…?」

背中に聞こえた声に、足を止めて振り返る。
さっきの話しは無効ではなかったようだ。

「この週末って、明日じゃねぇか」

「そんな急にじゃチケット取れない…か…?」

指定席の予約はコンビニで前日まで。
テマリと行くのに自由席など有り得ない。
瞬時に指定席のペアシートやテラス席を考えた。

「予約は無理だな。けど、何とかする」

年間シートを持っていそうな親戚や知人を思い浮かべ、今から片っ端に電話する覚悟をした。

「なんならさ、さっき言ってた外野席は?当日券を買えばいいんだろ?」

「ハ?」

それ自由席じゃねぇかっ!
ナルトらが歌合戦をしながら、コアなファンの応援を傍で見るのが楽しいなどと言うものだから、興味をそそられてしまったようだ。

「当日券になると、球場の売り場で並ばなきゃなんねぇし…」

不意にテマリの顔が綻んだ。

「それはいいな…、並ぶの初体験だ。ん、楽しそうじゃないか」

土日の試合は人気も高く、当日券を求めて朝から並んだとしても、取れる確約はない。
しかし、嬉しそうなテマリを見て、誰がこの好機を逃せようかと思うシカマルであった。







「凄く…並んでる…」

球場に着くと、既に場外チケット売り場は長蛇の列が出来ていた。

テマリと二人、その最後尾に並ぶ。
風が吹き抜ける海沿いの町。北風が体感温度を下げて、凍りつくほど冷たく、吐く息も仄かに白くなる。
これもこの悪天候の為せる業か。寒の戻りのような冷え込みに加え、頭上に架かる灰色の空は、今にもポツリポツリと降り出しそうな雲行きだ。

「寒い…」

少しでも風避けになれば。
シカマルは、吹きつける冷風からテマリを守るために、傘をさしかけることにした。

「シカマル、頭いいな」

「風避けくらいにはなんだろ」

寄り添うほどに近づいた距離で、テマリはシカマルを見上げて嬉しそうに笑う。
寒さで強張った頬が赤く色づいていて、不謹慎だが可愛いったらなかった。

「中止になる?」

心細そうにテマリは言う。
今は、まだ最終通告はなされていなかった。

「少々の雨なら中止にならねぇよ。みんな並んでるうちは大丈夫だ」

テマリは手が冷たいのか、手を口元に寄せて吐く息で温める。
出来ることならその手を握り取って、温めてやりたいと思ったが、拒まれる気まずさを考えると、怖くてそんな博打は打てない。

この前みたいに夜だったり、勢いだったりならまだしも…
こんな明るいうちからそんなことできっかよ…

どしゃ降りにでもなりそうな空模様なのに、しけるような霧雨が風に乗って舞い出した。
全くもって、おかしな天気だ。ふと気がつくと、先頭から色とりどりの傘が咲いていた。

「シカマル、自動販売機は建物の方か?」

「ああ。喉乾いたのか?」

テマリはこくり頷く。

「買ってきてやるよ」

「ううん、私が行って来るよ……トイレも行っておきたいしな」

そう言われてしまえば、男に四の五も無い。

「トイレは…確か、あの辺にあったはずだ」

壁づたいにシカマルが指差す方向に目を凝らして、

「お前はいる?」

とテマリは言った。

「俺は要らねぇよ。ーーッオイッ」

急にテマリが傘から一歩踏み出したので、肩を掴んで引き止める。

「少し歩くから、この傘さして行けよ」

「馬鹿言うな。お前が持ってきた傘だ。お前が濡れる」

「俺はいいんだよ、濡れたって。アンタが風邪引いたら…、いいから持っていけって…あっ、」

言い終わる前に、テマリは建物に向かって飛び出していった。

霧雨は知らぬ間に小雨に変わった。
そぼ降る雨の中、何度もこちらに悪戯な笑顔を向けて駆けて行く。

なに笑ってんだ!くそっ!

女を濡れさせて、俺は安気に傘をさして突っ立って。
普通、女ならそこはアリガトウって受け取るもんじゃねぇの?
俺の回りの女なら、当たり前みてぇに奪ってくってのによ。

「…ったく」

恨めしい雨空を見上げ、溜め息混じりに言葉を吐き出した。

暫く鬱々としていると、しっとり濡れた髪を揺らして駆け戻るテマリが視界に現れた。
水気を孕んだ前髪から覗く優しい瞳が、シカマルを捉えて離さない。

その姿に胸が痛かった。

「ただいま!」

「ただいまじゃねぇよ」

直ぐにシカマルは、テマリの手から雨を拭うハンカチを奪い取った。
恥ずかしげもなく公衆の面前で、女の濡れた髪を拭く行為にテマリは目を見張る。
しかし、そこは気圧されてか、子供のようにされるがまま、珍しく抵抗も見せずに大人しくしていた。

「はい、お前の分、」

テマリは手に持った缶珈琲を、シカマルの目の前に差し出した。

「俺、頼んでねぇよ」

冷たくなった頬に少しだけハンカチで触れて、弾かれたように視線を合わせたテマリに、たまたま当たったみたいな顔をした。

「ん。けど、カイロがわりだ」

ほら、あったかいだろ?そう言わんばかりにハンカチを持つ手に押しつける。

「自分のは?」

「私のは、ここ」

テマリはポケットの円柱状の膨らみにそっと手を置いた。

俺を濡らすまいと雨の中を駆けて、俺のために温かな缶珈琲を携え戻ってきた。
俺はもうテマリの優しさにギブアップで。

「どうした…そんな顰めっ面して」

「ァア?顰めっ面じゃねぇよ…ったくよぉ、アンタって人は…」

奪うように受け取った缶珈琲を、服のポケットに押し込んだ。
そして、宙に浮いたままのテマリの手もついでに握り取って、一緒にポケットの中に突っ込む。

「そっちの手は自分のに入れとけよ…こっちは引き受けてやるから」

惚れた女にここまで優しさを傾けられて、明るいだとか、拒まれるだとか。
そんな尻込みしてたら男じゃねぇよな。
俺は今、茹で上がったタコみたいに赤い顔をしているだろうが、丁度いい具合に風は痛いくらい冷たいから。

そのうち冷めんだろ。
そんなに、見んなよ。
だーからっ、見んなって。



その後、試合は中止となった。
通告された時には雨はすっかり上がっていて、嫌がらせのような晴れやかな雨上がりの青空を見せていた。

ポケットの缶珈琲は既に常温と化して、テマリの言う役目は果たさなくなった。
ポケットから出された手。外気に晒した手は離されることなく繋がれたままだった。


この“お出掛け”はやっぱデートなのか?
聞くか?聞くべきか?いや、そんなこと聞くもんじゃねぇよな…

並ばせる、待たせる、濡れさせる。しかも野球は中止で。
これが初デートだとしたら格好がつかない。

けど、帰り道を並んで歩くテマリは、嬉しそうに笑っていて。
シカマルがキュッと手を握れば、握り返してくれた。

「楽しかったよ。急に無理言ったのに連れて来てくれて、ありがとうな」

「こ、こっちこそ…あ、ありがとよ」

何がアリガトウだか分かっていないテマリは、キョトンとしたのち笑い出した。

優しい雨のせい?
考えたら、アンタ、ずっと笑ってるよな。
これが、デートかデートでないかと言えば、

やっば、これはデートだな。



-end-

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ