第一書庫

□お見合い!?母の逆襲そのA
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次の朝ー

郁は柴崎と食堂で朝食を取っていた。

「アンタねえ、その重い空気なんとかしなさいよ」

そう言って、柴崎は卵焼きを上品に口に運んだ。

郁はといえば、眠れなかったのか瞼は晴れ上がり、目の下にはクッキリと隈が出来ている。

母からの挑戦状にすっかりと戦意喪失状態だった。
いつもなら、朝から男並みの食欲だというのに、郁の皿の中身はは一向に減る気配がない。

「まあ、確かに、アンタのお母さんの、なんていうか…執念みたいなものを感じるわね」

郁の姿を見兼ねて、フォローするも、そうだね…と気のない返事しか返らない。
柴崎が小さく溜息をついた時

「二人ともおはよう」

と背後から爽やかな声がかかる。
振り向くと小牧と堂上、手塚がトレイを持って立っていた。

「あらぁ、堂上班お揃いで、おはようこざいます!ご一緒しません?面白い話があるんですよー」

柴崎は救世主!とばかりに、隣の椅子を引いた。
その様子を見ていた、微塵も面白くない郁が、小さくおはようございます、と呟いた。

そんな郁の異変に一早く気付いたのか、堂上がさり気なく隣に座る。
郁以外は、さり気なく感じていなかったが、あえて誰も突っ込まなかった。

堂上は焼き魚に醤油をかけながら
視線を合わせずに言った。

「お前は…月に一度は、この世の終わりみたいな顔をしてるな」

いつもの郁なら、ここで堂上に応戦するところだがそれもない。


事は深刻だと感じた堂上班の中で、すかさず小牧が助け船を出す。

「笠原さん、なにかあったの?
今日は訓練だからしっかり食べないとバテちゃうよ?」

「そうだ。お前が倒れたら運ぶのは俺なんだ」

手塚なりの精一杯のフォローに柴崎は苦笑いを浮かべる。

「笠原、さっさと話せ。話ぐらいは聞いてやる」

堂上の言葉に、柴崎は頬杖を付きながら更にニヤニヤとした。

この人も大概不器用ねえ。
教官にとっても大問題だと思うけど。

この後の堂上の反応を柴崎は心待ちにしながら、郁を促す。

「ほら、教官が話聞いてくれるって!どうせ一週間後に迷惑かけるかもしれないんだから、言っておいたほうがいいわよ」



柴崎の言葉を聞いて、それもそうだと思ったのか郁が持っていた箸をゆっくりトレイに置いた。

「実は昨日……」

そう切り出した郁に男三人の咀嚼が止まる。

「母がお見合い写真を送って来たんです!」

郁が声を張り上げた瞬間、三人は同時にむせ込んだ。


(コントじゃあるまいし!お約束ねえ)

柴崎はテーブルに備えられている紙ナフキンを三人に渡した。


小牧はむせながら、ヒーヒーと笑い出す始末。

「小牧教官!笑い事じゃないです!」

郁が憤慨して、テーブルを叩く。

「ご、ごめ…いや、お母さん、手強い、ね…」

腹を抱えて、窒息しそうな小牧の背中を手塚がトントンと叩いている。

呼吸を整えて暫く茫然としていた堂上の腕を掴んで、郁は縋るように揺すった。

「教官、どうしましょう!来週、母がこっちに来ます!それまでに決めとけって…」


「待て待て待て…落ち着け。とにかく、お前はお見合いする気はないんだな?」

「当たり前です!!」

さっきまで萎れていたのは何処へやら、郁は堂上に喰ってかかった。

「なら、断ればいいだけの話だろう」

堂上は再び箸を持ち、食事を再開する。
だが、その手はぎこちなく、さっきまでの食事ペースより明らかに遅い。
動揺を悟られまいとしているのが、柴崎と小牧にはバレバレだ。

「無理ですよ!あの母が簡単に諦めると思いますか?」

郁の悲痛な声に、上戸が止まったのか小牧が冷静に意見を言う。

「まあ、堂上の言うとおり、素直に断ればいいことだけど、失礼ながら…県展に乗り込んでくるようなお母さんだからね」

小牧の言葉に全員が「確かに」と頷く。

その後、柴崎は恐ろしいことを口にした。

「いっそのことお見合いしてあげればいいじゃなーい?」


「どーしてそーなる!?私はイヤだ!」

「あらぁ、けっこういい男いたわよ?学歴も申し分ないし、アンタにはもったいない案件よ」

「興味ないもん!」

「あー、そうねえ。あんたが興味あるのは王子様だけなのよねえ」

そこで堂上がグッとなり、眉間に皺を寄せたので、小牧はまた上戸が再発したようだ。

「おおお、王子様とか云々じゃなくて…!もう、いい!」

郁は横目で堂上の様子を伺いながら、必死で話を終わらそうとする。

そこで引き下がる柴崎ではない。
特大の爆弾を郁と堂上に落とした。


「じゃあ、お母さんに心に決めた人がいるって言ったら?」

「えーーー!!」

郁が盛大に叫んだので、食堂からの視線が集まる。
その瞬間、お約束のように堂上のゲンコツが降ってきた。

「どあほう!!声がでかい!」

「すみません!」

そんなやり取りを、下心満々の笑みを浮かべて見つめる柴崎は、更に堂上を追い詰めた。


「私は、王子様と結婚するって言えば良いのよ。そう思いません?
堂上きょーかん♪」

その瞬間、小牧は堪えきれずに、もう無理!と笑い転げた。
手塚は明らかな堂上の不機嫌オーラに硬直している。

隣の柴崎に、もうやめとけ、と呟いていたが、時既に遅しだ。



堂上はこの時ほど、柴崎が悪魔に見えたことはなかった。





そして、この日の堂上班は微妙な空気で訓練を終えた。





END

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