第一書庫

□鍵のかかった箱
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途切れそうだった意識は、その感触で一気に覚醒した。
見開いた世界にうつるのは閉じられた濡れた瞳。
思考が止まったのは出血のせいでも、痛みでもない。
ただ、この部下の唇から伝わる熱のせいだ。

それに気付いた時には、彼女の温もりは離れていて。
泣きじゃくりながら、とんでもないことを叫んでる。

この緊急事態にムードもへったくりもない。
どこの世界に上官の胸ぐらを掴んで、ぶつけるようなキスをする部下がいるのかー


そうだ。
上官と部下。
それ以外の何物でもない。
そう自己解決した。

8年かけて、ようやく蓋を閉めキッチリ鍵をかけたはずだ。

なのに、お前は…
鍵を開けようとするどころか、あっさりと壊した。
いとも簡単に。

いや、既に限界だったのかもしれない。
箱の隙間から溢れだした想いを押し殺すのに必死で
それでも解き放つ度胸はなかった。
お前の中で美化された王子様の存在が大きすぎて、今の自分を拒絶されるのが怖かった。

だけど、お前は俺から目を逸らさない。
こんな時ですら、真っ向勝負だ。


茫然と言葉を失っている間に、言うだけ言った彼女は走り去っていくー

視線だけで追うと、視界に息を潜めた店員たちのぎこちない動きを捉えた。


「ど阿呆…この状況で置いて行かれる身にもなれ」


霞んで行く後ろ姿が、あの日の高校生だった彼女と重なる。


笠原…
本当にお前には負けるー

あの日からずっと、淡い恋心を抱いていたのは俺の方だ。


お前が帰ってきたら、白状するから

だから、無事に帰って来い。


その凛とした背に願いながら、ゆっくりと目を閉じた。




END
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