第一書庫
□お見舞い〜2日目〜
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転院して2日目。
堂上が昼食を食べ終えたところに、郁が見舞いにやってきた。
「すみません、お食事中だったんですね…」
病室に入るなり、恐縮しながら頭を下げた郁は出直そうかと思案している様子だ。
「かまわん、もう済んだところだ」
そういえば公休日だったな、と堂上が笑顔を見せると、郁も少し緊張を緩めて、はい、と頷く。
勤務中は食事中だろうが休憩中だろうが、お構いなしに声をかけてくるのにプライベートとなると郁は妙に余所余所しくなる。
想いを伝え合ったとはいえ、病床にいては恋人らしいことも出来ないし、まだ実感がないのは堂上も同じだ。
いや、恋人らしいことをしていないわけではないな…
上官と部下でなくなった今、郁が怖がらない程度に触れ合うことはしている。
もちろん、キスも含めて。
今まで抑制してきた分、堂上にとっては病院に拘束されている日々がもどかしいことこの上ない。
だが、恋愛経験ゼロの郁にとっては何もかもが未知の世界だ。
少しずつ、慣れてもらうには自分が入院しているぐらいが丁度いいのかもしれない。
それほどまでに、自分の気持ちを解放した堂上には余裕がなかった。
どれだけ溺れてるんだか…
自嘲気味に苦笑いを浮かべていると、郁が堂上の目の前の食器をそっと取った。
「お済みなら下げてきますね。廊下に配膳車があったので…」
「ああ、すまん…助かる」
いつもは頃合いを見計らって、看護師か助手が来てくれるが、やはり気を遣う。
それに普段は堂上が郁のフォローをすることが圧倒的に多いのだ。その郁に身の回りの世話をされることは単純に嬉しい。
思わず頬筋が緩んだところに郁が戻ってきたので、堂上は慌てて平静を装った。
「教官、看護師さんから食後のお薬を頂きました」
「おう、すまんな」
食器を下げた時に渡されたのだろう。
水を…と思うと、既に郁が差し入れのペットボトルを取り出して堂上のベットテーブルに置いた。
しかも、後丁寧に蓋まで開けてある。
堂上が呆気に取られている間にも郁は薬のアルミを指で突き破り、自分の掌に置いて、はい、どうぞと堂上に差し出した。
「おい…気持ちは有難いが手は使えるから蓋まで開けんでも」
堂上が苦笑いを浮かべると、郁はハッとして、みるみると頬を染めた。
「す、すみません!出過ぎた真似をして!」
オロオロと後退りする郁の腕を捕まえて、堂上は笑った。
「勘違いするな、迷惑なわけじゃない」
甘え過ぎたら、お前が居ない時に困るだろう。
そう言って、すみませんと低くなった頭をガシガシ撫でてから、薬を口に放り込むと、手早く水で流し込んだ。
その様子を郁が紅い頬ままボーっと眺めている。
「…どうした?」
聞いてから、もう一度ペットボトルに口を付けた時ー
「いえ…その、教官て薬飲むのもカッコいいなーと」
ブハーーっ!!
堂上は堪え切れず、口に含んだ水を吐き出した。
器官に入り、酷く噎せる。
「げほげほっ!がはっ!」
「ぎゃー!教官大丈夫ですか!?」
郁は大声で叫ぶと、慌てて棚の上のティッシュを堂上に渡し、洗面台からタオルを引き抜いて、濡れた布団を拭いた。
「教官、すみません…大丈夫ですか?」
「ど阿呆が!薬を飲んでる時に変なこと言うな!」
「す、すみません!思わず…」
好きな女にそんなこと言われたら吹き出すわ!阿呆!
ブツブツと言いながらも、眉間の皺が少ないことに郁は胸を撫で下ろす。
「でも、本当のことなんで…」
まだ言うか!
ベットテーブルに肘をついて、そっぽを向いてると、ポスンと音がする。
振り返ると、堂上の使っている病院の枕に郁が顔を埋めていた。
「お前は何を…」
「教官の匂いがする…」
だから!
お前はっ、そういう殺し文句を
何も出来ないこの状況で言うか!
天然だからって何言っても済むわけじゃない!
堂上は額に手を当てて、盛大な溜息を吐く。
「郁…」
振り返って、その頭を撫でようとした堂上より早く、郁はその胸に縋りついた。
ー!?
「……郁?」
泣いているのかと、髪を掻き分けて頬を探ると擽ったそうに首を竦めた。
どうやら、泣いてるわけではなさそうだが。
「どうした…?珍しいな」
手を背に回して撫でてやると、郁はスリスリと堂上の胸に擦り寄った。
なんだ、この生き物は!!
その仕草がなんとも言えず可愛くて、郁の体に巻き付けた堂上の腕に力が込もる。
「教官の匂い、安心するんです…
仕事してても教官の匂いしないから落ち着かなくて」
肺いっぱいに吸い込もうとしているのか、郁の背に乗せている堂上の手が上下する。
まいった…
可愛すぎる。
そんなに恋愛経験が豊富なわけではないが…こんな感情は初めてだった。
「お前は…飼い主の匂いを探す犬か」
呆れたように言ったつもりだったが、自分の顔中が緩んでいるのが堂上にもわかる。
えへへ…と堂上の腕の中で、郁は心底幸せそうに目を閉じて微笑んでいた。
END
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