第一書庫

□お見舞い〜1日目〜
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手術の予後も良いということで、堂上は無事に基地の近くに転院した。

転院先で今後のリハビリの説明や検査などを受け、身の回りの整理を終えると、時計は17時を過ぎている。

少し疲れた堂上は、松葉杖を立てかけ、ベットに横たわった。
窓辺からオレンジに染まっていく空を眺め、小さく溜め息をつく。
マメに顔を出せと言ったものの、今日、郁は勤務日だ。
事前に転院の日にちを伝えてあるとはいえ、流石に初日にはこないだろうと少し落胆していると、ドアがノックされた。

夕食が運ばれるにはまだ早い。

「どうぞ」

よもやと思っていたが、遠慮がちに開いたドアから覗いた顔は、今まさに脳裏に浮かんでいた本人だった。








「別に無理して、転院初日に来なくてもよかったんだぞ?」

なんとなく、照れ臭くて思わず心にもないことを口走って、堂上はすぐに後悔した。


「…迷惑でしたか?なら、帰ります」

郁がションボリと立ち上がろうとするのを堂上は慌てて、その手を引く。
わかっててやってるならたいしたもんだが、天然だからタチが悪い。

「誰も迷惑なんて言ってないだろう…いいから座れ」

郁はおずおずとパイプ椅子に座ると、両手で拳を作って膝に乗せた。
これは、郁は無意識なのだろうが座って説教を受ける時の態勢だ。

堂上は自分の余裕のなさに呆れた。
本当は会いたくて堪らなかったというのに、それを素直に言えるような器量は堂上にはない。
小牧のような男なら万に一つもない失態だ。
組手では負けないが、女の扱いは奴のが上手だな…

自嘲な笑みを浮かべてから
堂上は郁の頭に手を置くと、ポンポンと叩いた。

すまん…少し照れ臭かったんだ。
許せ。

ボソリと呟きながら、その手をわしゃわしゃと郁の髪を乱暴に掻き回す。
それは、堂上が照れた時の仕草だ。
郁は意外そうに堂上を見つめて、ほんのりと頬を染めた。
こうして、撫でられたのは久振りのような気がする。
俯いたまま、郁は肩を震わせた。
驚いた堂上が泣いているのかと、両手で頬を押さえつけ顔をあげさせた。
だが、潤んだ瞳でありながら、郁は嬉しそうに微笑んでいる。


「どうした…俺が悪かった、泣くな」

堂上は己の開口一番の言葉が傷つけてしまったのかと、頭を撫でたり、肩を揺らしたりと必死だ。

「いえ…違います。教官のせいじゃなくて…あ、でも教官のせいでもある、かな…」

そう言われて、ズキンと心が痛む。
本を守る、検閲と戦うことには怯まない女だが、恋愛になると臆病になる郁。

彼女の場合、冗談を本気と捉えられてしまうのだから、堂上はうかつな言動をした自分を諫めた。
そして今後はストレートに伝えようと反省したその時ー

「もう、理由がなくても、ポンポンしてもらえるんだなーって思って!それが嬉しいんです!」

前は褒めてもらうのに必死でしたから。

郁の言葉に堂上が一瞬、驚いたように固まったが、やがて滅多に見せることのない柔らかい笑顔を郁に惜しげなく向ける。
その優しい瞳に囚われた郁は、顔の熱が上昇し、金縛りのように動けない。

ちょっ…きょーかん!
それダメです!反則っ!
つーか、あたし、何乙女になってんのよー!

郁はさっきの自分の発言に物凄く恥ずかしくなり、熱くなる頬をパシパシと叩いた。

「郁…なにがダメで、どれが反則なんだ?」

突然、名前で呼ばれてドキリと心臓が跳ねた。
低く甘さを含んだ声とともに、頬に手が伸びてくるー

「えええ、えーとですね、あれ?私そんなこと…」

「言ってないとは言わせん…ダダ漏れだ…」

フッと余裕のある笑みを浮かべた堂上は郁を見上げて、嬉しそうだ。

あーーー!!
また、やっちゃったんだ!
私のアホー!
せっかく甲斐甲斐しくお世話しようと思って来たのに!

心で叫びながら郁は平静を貼り付けたような顔を必死で作ると、椅子の横に置いていた紙袋をガシっとつかんだ。

「あ、あああの、そうだ!わたし小牧教官から堂上教官の洗濯物を預かってて…」


持ってきた荷物を慌てて取り出そうとしたが、その腕を堂上に掴まれる。
柔軟剤がほのかに香る堂上の着替えが、郁の手を離れ元の袋に落ちた。

堂上は掴んだ腕を引き寄せて、郁を自分の胸と腕で閉じ込めた。

「掴まえたぞ…さっきの質問に答えろ。俺のどこが反則なんだ?」

堂上の胸に耳を当てる格好の郁は
その声が脳に直接響いて、動悸が速くなる。

堂上の行動、言動の一言一句に郁の恋愛モードはトランス状態だった。

逃げも隠れもしないと決めて、郁は鍛えられた胸に埋れていた顔を、そのまま視線だけ堂上の瞳に合わせた。

「堂上教官の笑顔が格好よすぎて脈拍が上がるぐらいトキメキました。そんな教官見たことない…だから、教官の笑顔は反則です…」

まるで、報告でもするように淡々としていた。
それでも気恥ずかしいのか、郁はまた堂上の胸に顔を埋める。

本当に…直球だな。

恥も照れも捨てた郁に今度は堂上が一瞬にして顔を染めた。

しかし、ここで黙るほど堂上は幼くはない。郁より5つも年上の男だ。

「郁…二人きりの個室でベットに拘束された男が、好きな女を抱き寄せたら、次は何をすると思う?」


そう言って、胸元の郁を見下ろすとフッと笑う。
普段、お前を見下ろすなんてないから新鮮だな。

そういうやいなや、明らかに動揺して顔を上げた郁を堂上の両手が捉えた。

郁が、ちょっ!きょーかん!と叫ぶ。

「待ったなしだ…」

8年も待ったんだからな。

そう囁くと、郁の唇を塞いだ。



END

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