第一書庫

□キスより前に
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一世一代の大告白のあと、気まずい空気をかき分けるように、その瞬間はやってきた。


突然の出来事で目は見開いたままなのに、何が起こっているのか脳が理解するより早く、郁は無意識に瞼を閉じる。

洗濯物のシーツがはためく音が妙にリアルに耳に響いた。

唇に伝わる熱が、ようやく堂上とキスをしているという事実を伝え、脳の指令が即座に郁の身体を硬直させる。

それに気付いたのか、堂上がそっと唇を離すと、見つめ合うより先に吹き出した。

「なっ!ななな、なんで、笑うんですか!?」

キスのあとに笑われるってどうなの!
郁は抗議の目で堂上を睨む。

しかし、堂上は必死に松葉杖で体重を支えながら、くくくっ…と笑いを堪えている。

「な、なんなんですか!いきなり、そ、その…キスしてきて笑うなんて…!」


「す、すまん…お前…自分からキスしてきた時は平然としてたのに…今、ガッチガチだったから、つい、な」


「あ、あの時は…!その…無我夢中で…」

そう言った直後に、しまった!と郁は言葉を飲み込む。
だが、堂上はそれを流してやることをしない。

なにしろ、一週間も放置されていたのだ。
これぐらいの意地悪は罰はあたらんだろうと
堂上はニヤリと口角を上げる。

「ほう…無我夢中になるほど、俺にキスがしたかったと?」


「ち、ちちち違います!あの時は、本当に教官が死んじゃうような気がして…私、まだ何も伝えてないのに、そんなのは嫌だと思って!そう思ってたら体が勝手に…すみません…やっぱり、迷惑でしたよね…」


どうしてそうなる!?
こいつの」思考回路はどうなってるんだ!
と堂上が思った時にはもう遅くー

俯いて少し鼻を鳴らした郁が、帰ります…と立ち上がったので、堂上は慌てた。

ここで逃げられたら、追いかけるのは無理だ。
タスクフォースきっての俊足と松葉杖では、どうみても堂上に分が悪い。

いいから、座れ!と一喝すると、命令口調には逆らえない習性が身についてる郁は、おずおずと従った。

そして、お決まりの説教。


「お前はなんでいつも勝手に話を畳むんだ!」

「ど、堂上教官が迷惑って言うからです!」

「俺がいつ迷惑なんて言った!大体、迷惑と思ったらキスなんてするか!」

「じゃあ、なんでキスなんてするんですか!」



「お前が好きだからに決まってんだろーが!お前は俺が好きでもない奴にキスする男だと思ってるのか!?」

「先に言ってくれないと、わからないじゃないですか!」

「じゃあ、今からキスするって宣言すれば良かったのか!?」

「そう…じゃなくて…っ!」

郁の攻撃が弱まり、堂上がギクリと固まる。

俯いた郁の真下のコンクリートに水玉が、一つ、二つと増えていく。

「ちゃんと、好きって言って…くれないと…わから、ない…です…」

私が勝手に、舞い上がってるのかもしれないじゃないですか。
郁の声にならない嗚咽が堂上の耳に響く。

ある意味、銃弾が貫通するよりキツイ衝撃だ。


ああ、やりすぎた…。

やっとの思いでここまで辿り着いたのに、どうしてこうなる。
いたずらが過ぎたことを後悔しながら、堂上は郁の隣に座ると、いつものように、その頭をポンポンとして、すまん、と呟いた。


舞い上がってるのは俺の方だ…


カランと無造作に松葉杖を放り出し、堂上は腕にしっかりと郁を抱き込むと、自分の左胸の辺りに郁の耳を押し当てた。

「きょ、教官?」

「どうだ、舞い上がってるだろう…?」


忙しない堂上の鼓動が、郁の耳に伝わる。
少々気恥ずかしかったが、少しでも自分にも余裕がないことを伝えたかったのかもしれない。
だが、この女は笠原郁だ。


「こんなに心拍が上がって大丈夫なんですか?」

素で心配されて、堂上はガックリと項垂れた。

そうだった。
こいつに間接的な表現は伝わらない。
いつだって直球勝負しか知らないのだから
変化球で返してもキャッチしてくれるわけがない。
でも、そういうところが堂上を惹きつけているのも事実だ。

諦めたように、堂上は深く溜息をついた。



「初めからやり直せ…」

「え?」

郁が堂上の胸元から顔を上げると、ほんのりと頬を染めた堂上が視線を外しながら上官命令とばかりに叫んだ。

「罰として、カミツレのとこからやり直しだ!…言っとくが、お、王子様云々はいらん!」


王子様と口にするのに余程抵抗があるのか、咳払いをしても吃っている。


「え-------っ!!な、なんでまた、恥ずかしい思いをしなくちゃいけないんですか!!私はちゃんと言いましたよ!」

しかも罰ってなんの罰なんですか!
郁が納得いかないとばかりに叫ぶ。


「1週間も待たせた罰だ!それに俺もこれから恥ずかしいことを言うんだからおあいこだ!文句あるか!」

「大有りです!二回も告白するなんて、全然おあいこじゃないですよ!教官ズルイ!」


堂上の腕の中で郁は、ジタバタと抗議する。
告白するのにこんなに大騒ぎする男女は類を見ないだろう。


「こら、暴れるな!お前、俺が怪我人だと忘れてるだろう!」

はっとして大人しくなった郁だが、堂上教官が悪いんです…と弱々しく呟いた。

腕に閉じ込めたまま、堂上が宥めるように郁の頭を撫でる。

「悪かった…だから少々舞い上がってると言っただろう…」

その言葉に、郁はピクリと反応して、堂上を見上げた。

「なんだ、その意外そうな顔は」

「意外そうではなく、意外です」

お前、俺をなんだと思ってるんだ、ブツブツと言いながらも、その目は優しい。

その表情に見惚れた郁の口から、自然に言葉が流れ出す。


「堂上教官が…好きです…」


不意を突かれて、堂上が硬直する。
普段、見下ろすことのない角度から見つめた先には、ほんのりと頬を染め上げた郁が愛おしそうに堂上の胸に頬を擦り寄せていた。

病衣の上から伝わる郁の温もり。

8年越しの想いが叶った瞬間に堂上は顔を赤くするどころか、歓喜で胸が震えた。
思わず抱きしめる腕に力を込める。

今まで互いに、互いを縛り付けていた、ありとあらゆる物をかなぐり捨ててー

今、やっと、この腕の中にいる…


「郁…」


名前で呼ばれたのは二度目だ。


おずおずと顔を上げると、そこには郁が今まで見たこともないほど、優しく微笑み、そのせいか少し幼く見える堂上がいた。


「笠原郁が……大好きだ」



人生最高の日…

そういって嬉し泣きする郁の背を撫でながら、堂上は更にトドメの一言を発した。





穏やかに揺れていたシーツが、吹き抜けた風に大きくはためくのをよそに、二つの影はいつまでも寄り添っていた。








END
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