小説

□キレる20代
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 同腹の姉に初子が産まれたのは、己が元服したばかりの頃の、まだ自由にどこへでも行く事が出来た頃の話だ。
 一目見ようとわざわざ足を運んだものの、取り次ぎされるのが面倒で裏から入ったら見目麗しい小姓に刀を向けられたので案内を頼んだ。
後に知ったが小姓だと思っていたのは傍仕えだったらしい。
 曲者を咎める幼い声ははっきりと響き、震えてもいなかった。
品定めをしてやろうと言う風に此方と向かい合って月明かりに照らされた顔は童ながらに見目麗しく、あまりにも凛とした表情で此方を見てくるものだから思わず見惚れた。
己のものならあの幼い童を添い臥しさせて存分に愛でてやれると言うのに惜しいものだ。
 久方ぶりに見た姉は少しやつれていたが、しっかりと赤子を抱きかかえていた。
ぼろの御包みに包まれた赤子はぐっすりと寝ていて死んでいるのではないかとつつけばやっと寝たのだからと姉に睨まれた。
 血のせいか、少しばかり自分に似ていたような気もするが赤子など誰にでも似ている。
武勇に優れた義弟殿似なればきっと
確かそう言って莞爾と笑った。
 それが今では目の前に無表情で跪く。
美しいのであろう過去も、喜ばしい筈の状況も、平三を苛立たせるだけだった。
苛立ちのままに肩を蹴り飛ばし、予想とは違った軽さに少し焦るが顔には出さない。
衝撃を弱める為に敢えて自分から倒れただけの事にも気付かない程に冷静さが失われていた。
「殿」
 大和守が窘めるが、平三は返事の代わりに足で強く床を打った。その顔容は険しい。
 僅かに呻いて起き上がり、姿勢を直した男は相好をそのままに口を開いた。
「お怒りはごもっともにございます」
「全くだ」
 睨み付けてやっても昔のように愛想笑いは出てこない。
瞼以外は能面のように動かず此方を見つめている。
いっそ逆上して刀でも抜いてくれれば斬り捨てる事が出来るのに、その気配は全くない。
当たり前だ、この男は刀など持っていない。
だから大和守こそいるが、一対一で話せる。
 当たり前の事、それが、当たり前である事が、何より平三を苛立たせていた。
「されどこれより先は御実城様のため、尽力すると」
「もういい」
 見かねたのか間に入った大和守を抑えとどめる。
 次に浮かんだのは怒りではなかった。
 血の繋がりこそないが兄だと思っていた。それをこいつが。
いや違う、この男が私と同じ気持ちだったとしても変わらない。
そんな事は知っていた。
だが私は認めたくない。
それなのにこの男は最初からそれが自然だったかのような顔をする。
「殿」
 大和守の怪訝そうな声にはっとして顔を上げる。
普段仏頂面ばかりの大和守ですら不安げな顔をしているのに、男は変わらない能面づらで、おかしくなる。
昔からこういうやつだった。
あれから五年も経った、それを五年しか経っていないのにと駄々をごねる。
戻らない過去に恋々とする己のなんと愚かしい事か。
そんなもの始めからなかったと言うのに。
「尽力しろ」
 投げやりに言うと間をおいて男がまた頭を下げた。
私は目の前に突き出されてなお、悪あがきをしているだけだ。
情けない。


     あとがき
主従として距離を置く政景にキレすぎて謀反した事が頭からすっ飛んでる。
と言うか謀反しなくても多分キレてた。
 

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