†Short Novel

□†その瞳の向こうは
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 チッ。

 自動販売機の前で俺は舌打ちした。
 いつも買う紙パックのコーヒー。
 ボタンには赤い文字で「売り切れ」と光っている。

 お金はもう自動販売機の中。

 俺は甘い飲み物は嫌いだ。
 そして今から俺には苦いコーヒーが必要不可欠になる。


 もう一度、舌打ちした後、俺はボタンを押す。


「あ、こんな所にいた。いつもの所にいないから探したじゃない」


 自動販売機から紙パックを取り出そうとした時、背後から声がした。
 昔からの付き合いだが、一緒に昼飯を食べる仲ではない。
 ただ家が近所なだけだ。
 それなのにいつも昼休みになると俺の傍に来る。


 正直、やめて欲しい。


 俺はため息をついて彼女の横を通り過ぎる。

「別にいいだろう。俺がどこにいようが」


 中庭の木の下、俺はいつも昼休みになるとここに来る。
 約束している訳ではないのに、彼女はいつもここに来ては一人で話をする。

 いつものように木にもたれるように座ると彼女も当たり前のように横に座る。


 そして、聞きたくない話をする。
 
 あの人が今日は元気だった。
 こんな話をした。
 授業の後に少し話せた。
 次はどんな風に話しかけようか。
 

 ろくに返事もしない俺のことは気にならないらしい。
 楽しそうにあの人の事を話す彼女。
 俺は聞きたくないのにその声に耳を傾ける。


 家が近いこともあって昔はよく遊んだ。
 理由もなしに一緒に居ることができた。
 けれど、中学になってからはお互いに同性同士の付き合いが増えた。


 彼女とこうしてまた話すようになったのは最近。


 俺がここで昼寝をしている時、偶然見てしまったのだ。
 英語の教師と彼女が話している所を。

 普通の人が見れば、ただの教師と生徒が話しているだけだった。
 けれど俺には分かってしまった。
 彼女があの教師を好きだということに。


 教師と彼女が話を終えた後、俺の存在に気付いた彼女に、

「お前、趣味悪いな。あんなのがタイプだったんだな」

 と冗談で話しかけた。
 すると彼女は顔を真っ赤にして誰にも言わないで欲しいと言ってきた。


 そして次の日からこの変な日課が続いている。
 どうやら教師を好きになった事を友だちにも言えず、悩んでいたらしい。


 だからって、ここで恋バナをされても困る。


「お前さ、いい加減、ここに来るのやめろよ」


 今も尚、あいつの話を楽しそうに話す彼女の言葉を遮って言う。
 すると彼女の顔にさっと嫌そうな色が混じる。


「嫌、何でよ。いいじゃない、いつも一人だし。それに――あっ!」


 彼女は何か話している途中で、どこかへ走って行った。
 その背中に視線を向けると、あいつがいた。


 何でいるんだよ…。


 ここは職員室から遠い場所。
 教師であるあいつはなかなか通らない。
 職員室に近い教室にいると、あいつを見つけては彼女の喜ぶ顔を見てしまう。


 それが嫌でここにいるのに。


 俺は先ほど買った紙パックにストローを指す。
 苦いコーヒーの飲む事で、胸に広がる苦い想いを消す。

 いつもそうしていたのに。


「今日はコーヒーなかったんだった…」


 口の中に広がるのが苦い味でないことに気付く。
 コーヒーの苦さで消しきれない想いが胸に広がる。


 チッ。


 そんなことをしても無駄だとはわかっている。
 けれどそうでもしないと辛かった。


「…はぁ、情けね……」


 行き場のない気持ちを吐き出すように舌打ちしようとしてため息が出た。
 木に預けるように後頭部を当てる。

 木の葉の隙間から青空が見えた。




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