ジョジョ(短編)

□写し身の君に求めた哀情
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「花京院、」


「俺は花京院じゃないよ」



俺を抱き涙を流す男に静かにそういう。僅か10そこそこの子供に大の大人が抱き付き涙を流す姿は異様の一言に尽きるだろうが俺はこの現状を正確に理解していたのでされるがままになっていた。この男の苦悩を俺は知っている。

俺を抱くこのギリシャ彫刻のような洗練された肉体と精悍な顔を持つこの男の名前は空条承太郎という。彼はこの世界の主人公の一人だった。

彼は10年前彼の祖先と因縁のある吸血鬼を倒すため彼の祖父と信頼できる仲間たちとともにエジプトへ向かった。その旅には彼の母親の命がかかっており吸血鬼を倒せなければ母親が死ぬという状況だ。

旅は困難を極めたが彼はその吸血鬼のいる館にたどり着きそして奴に引導を渡した。彼は勝ったのだ。

しかしその代償は大きかった。彼は二人の仲間と親友を失った。その友の名前は花京院典明といった。

承太郎にとって花京院は唯一無二の友人だった。彼を失ったのは承太郎にとってあまりにも痛すぎる犠牲だった。それから彼はゆっくりと時を刻んでいったがその心の傷は深かったのだろう、とにかく承太郎は10年物年月の間花京院のことを忘れなかった。

そんな彼の前に親友の特徴を備えた少年が現れた。赤い髪と緑の輝きを持つ少年が彼の目の前に現れたのだ。承太郎はその少年を死んだ親友だと思った。そして失ったものをもう離しはしないとその少年その手に閉じ込めた。それが今の現状だ。

流れからわかると思うが俺がその少年だ。俺の名前は##NAME2##ナマエ、空条承太郎の友人であった花京院典明とよく似た特徴を持つただのガキだ。

俺が何者なのかは一番俺自身がわかっている。俺は花京院という男ではない。赤の空似、ただの他人だ。では何故俺が花京院典明でないことを明言できるかというと笑われるかもしれないが俺には前世の記憶というやつがあるからだ。花京院典明として生きなかった前世の記憶が俺にはある。その前世には今俺が生きるこの世界を描いた書物があった。空条承太郎が花京院典明を救えなかった物語を俺は知っていた。

流れを察するにこの世界は俺が読んだあの書物通りに展開されているのだろう。花京院典明はDIOという吸血鬼に腹を突き抜かれ仲間に情報を残し死んでいったのだろう。

花京院自身で選んだ旅だったとはいえ旅の目的は承太郎の母親を救うためのものだ。承太郎は罪悪感を抱いているのだろうか?こんなにも悲しげに静かに流れる涙を俺は知らない。

承太郎は俺を強く強く抱きしめる。俺は花京院典明ではない。だがそれをこの男に理解させるのは難しいだろう。なぜなら俺にはまるで俺が花京院であるかのように見える容姿以外の二つの要因があるからだ。

一つは俺の生まれた日時だ。驚くべきことに俺が産まれた日時は花京院典明が死亡した時刻とまったく同じだったのだ。これは俺が花京院の生まれ変わりだと錯覚してもおかしくないほど運命的だ。

そしてもう一つ、これは俺が産まれた日時より厄介だ。なんと俺には一定の人間にしか見えない緑の友達がいたのだ。キラキラと緑色に光り筋の入ったメロンのようなこの友人はまさしくハイエロファントグリーンそのものだ。これについては俺も本気で理解ができない。スタンドとはその人間の精神の具現化だ。だからまったく同じスタンドなんてものは出現するはずないし俺と花京院の精神は似通ってもいない。ハイエロが俺のスタンドとして現れるなんてありえないことだった。

そうあり得ないことなのだ。赤の他人が誰かのスタンドとまったく同じスタンドを持つなどそのルーツを考えれば起きるはずのないことなのだ。だけれど現に俺には緑の友人がいる。探索能力に優れエメラルドスプラッシュという必殺技をも持つスタンドが俺には出現していた。これで承太郎は完全に俺を花京院典明の生まれ変わりと認識したらしい。俺を抱えて泣き続ける男に憐みの視線を送る。

彼はかわいそうだ。俺なんかが存在するばっかりに花京院典明という亡霊にとらわれてしまった。俺に会うことさえなければ時間とともにただの思い出に変わり癒されるはずだった傷を俺は抉ってしまった。もういっそ俺が花京院典明の真似事をしてやれば彼は救われるのだろうか?僕は花京院典明だよ、君を恨んでないよ。幸せになってねとでも言えば彼は救われるのだろうか。

花京院典明のことをそれほど深く知っているわけではないが空条承太郎の望む花京院くらいなら俺は演じることができるかもしれない。空条承太郎の知る花京院とは50日間のエジプトへの旅だけだ。それならば俺も花京院のことを知っている。

そんな考えが一瞬頭によぎるが苦笑してしまう。そんなことしてなんになるのだろう。俺は花京院典明でないんだから彼の本心なんてしるわけない。俺の口から出るのは俺の言葉でしかないのだ。

こんな考えが出るなんて俺は花京院典明にでも成り代わりたいのだろうか?そうかもしれない。これほどまでに空条承太郎に思われる人間になりたいのかもしれない。この世界すら手に入れられるだろう力を持つ男の心を動かす花京院のように誰かに熱烈に必要とされたいと俺は確かに今望んだ。

一言いえば俺はきっと花京院に成り代われるだろう。ただ自分が花京院典明だといいさえすればそれはかなってしまう。それは耐え難い誘惑だった。俺は思わず承太郎に手を伸ばす。この腕を抱きしめ返そうとした瞬間承太郎がつぶやいた。花京院、と。



「花京院」


「・・・」



俺は伸ばしかけた腕をだらりと下げた。本当に俺はバカだな。ここで抱きしめ返したところで俺が感じるのは虚しさだけだというのになんで望もうとしたのだろう。俺はあきらめとともに静かに笑みを浮かべる。俺は##NAME2##ナマエだ。



「俺は花京院じゃないよ」


「花京院」



そういうとともに承太郎は俺を強く抱きしめた。俺は静かに目を閉じる。もし俺が花京院典明と同じだけこの男に必要とされる日が来たらそれはどれだけ幸せなのだろう。だけれどそんな日が来ないこともわかっていた。俺はこの容姿と緑色のスタンドを持つ限り一生花京院典明の幻影から抜け出すことはできない。

俺は花京院じゃないよと言い続ける。俺はナマエなのだ。いつか俺自身を見てほしいとそう思った。


ーendー

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