小説4

□タイミングの話
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別に取るに足らないことだ。強いて何が悪いかといえばタイミングだ。一ヶ月半程サボはバルティゴを離れて任務に当たっていたし多少の疲れもあった。しかもその任務にあたる二週間程前からいつものドラゴンの放浪で二人は会えていなかった。だがこれは珍しいことではない。ドラゴンにべったりだったサボがドラゴンを卒業したこととサボに激甘のドラゴンがその甘さを控えめになってきていることこのふたつはサボを一人前の革命軍の戦士だとドラゴンが認めサボにその自覚も芽生えた良いことだ。周りも暖かな目でふたりの成長を見守った。だからこのことは別にいい。ただその半年以上前から内乱が続いていた国のいざこざが革命軍の助力により三週間ほど前に収束しその際に革命軍の理念に賛同した幾人かがバルティゴに入
国したのは騒動が収束してサボが任務でバルティゴを離れる三日前。簡単な面通しぐらいでまだ名前も顔も一致することなくサボは新しい仲間を置いて任務に出た。そして入れ替わるようにドラゴンは帰ってきていた。
そうだから見知らぬ女がドラゴンの腕に腕を絡めて頬を染めて話していたらサボは呆然するしかない。
疲れていたのだ、本当に、それとドラゴン不足だったのもある。
サボの任務は詳しくは言えないが潜入捜査だった。とある国の貴族の晩餐会に参加し貴族が裏でやっている人身売買に王族は絡んでいるかどうかを最終判断するためのものでサボは貴族を毛嫌いしているが元々貴族だったこともありテーブルマナーもダンスもそつなくこなすことが出来るとこの手の潜入捜査には欠かせない存在だ。けれど嫌なものは嫌で。ドラゴンのためだと言い聞かせ煮えくる腸を抑えていた。
そうだから余計に。
気づけばサボの右手はドラゴンの頬を平手打ちしていた。パンッと乾いた音がホールに響きその場に居た者全員の時間が止まった。
打撃ダメージなんてほとんどない。平手打ちだった。
一番最初に我に帰ったのはドラゴンの腕に絡みついていた女だ。金切り声をあげサボに食ってかかった。
「ちょっ!?あなた何!?ドラゴン様になんてことするの!?」
きいきいと不快なこえをあげる女の言葉のほとんどが理解出来ないサボはまっすぐドラゴンだけを見ていた。見開いたドラゴンの目は存外大きい。その目は誰かに似ている気がしたがそれは思い出せない。そして自分がなにをしたかサボは気づくと逃げなきゃと咄嗟に本能的に思った。食ってかかりサボの服を掴むきいきいと五月蝿い女を振りほどきドラゴンから逃げようと背を向けた瞬間腕を強く掴まれた。そしてサボのけして軽くはない体重を諸共せず引き寄せられドラゴンの正面に向かされる。掴んでない方の手がサボに伸びる。殴られると反射的に身構えがそんなことは起こらない。ドラゴンの手はサボの細い顎を掴み上を向かせただけだ。
だがドラゴンに唇を奪われはしたが。
かさついた唇がサボの柔らかな唇に重なり何度も角度を変えついばめられる。驚きで開いた口内にぬるりと舌が潜り込めばサボは抵抗なんてできない。腰が砕けるまでドラゴンの愛撫を受けるだけだ。鼻にかかるくぐもった声と舌が絡まる音唾液がちゃぷちゃぷと揺れる音それだけがホールに響く。どれ程だったか。唇が離された時にはサボはやはり腰砕けでその場に座り込んでしまいそうなところをドラゴンが抱き上げる。そしてその熱いベーゼを一番の特等席で見ていた女にドラゴンは濡れた唇を拭うことなく言った。
「悪いがおれにはこれがいる、他をあたってくれ」
タイミング悪くサボの耳には届いていないドラゴンからの愛の言葉にサボはこのあと周りから聞かされてひどく荒れた。




おわり

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