小説4

□sweet!sweet!sweet!
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「はい、女性陣たちからこれはドラゴンさんへ」
「ん?…………ああバレンタインか」
ドラゴンの秘書を兼ねているユリンはドラゴンが執務室にやってくると紙袋からワイン色の包装紙に包まれた酒瓶を取り出した。赤い薔薇のコサージュが華美に飾るわけでもなくだが普段とは違う贈り物だとわかるものだ。ドラゴンは受け取ると「ありがとう」と礼を言う。
今日はバレンタインだ。
革命軍では各部署で贈るのが決まりだ。あちこちにあげていては金銭的にもそして人間関係にも支障がどこからか出てくる。こんなイベントごときに革命軍の指揮が下がるのはボスであるドラゴンが一番嫌うことだ。イワンコフの指揮下の元贈る時は各部署で均等にそして下心は無し。お返しも同等の値段のものを。といっても個人で想いを告げるためのものは一切関与しないものだった。
「ワインか?」
「ええとびっきりの辛口の赤を、ですから」
ユリンは茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。
「きっと甘いチョコレートには合いますわ」




sweet!sweet!sweet!




「はい!サボくん!」
元気よくコアラが差し出したのは大きな瓶だった。瓶の中にはカラフルなチョコレートがこれでもかと入っていて受け取るとずしりと重い。片手で差し出してきたから片手で受け取ると思ったより重量がありサボは落としそうになり慌てて両手で持った。馬鹿力め、と思ったが言えばチョコレートは取り上げられるし拳骨を貰ってしまうからサボはきゅっと口を閉じた。
「なに、麦チョコがよかった?」
「瓶いっぱいの麦チョコって………いやうんありがとうございます」
「一気食いしないでねー………って言ってる側から!」
「うあ?むががうがあ」
「何言ってるのかわからないしハムスターか君は!」
瓶の口を傾けそのままサボの口へとダイレクトにカラフルなチョコレートたちが流れていく。ほっぺたいっぱいに頬張る様はハムスターそのものだ。
「もらったのはおれなんだから好きに食べていいだろ」
「少しはありがたみを持って食べなさいって言ってるの。そんな一気食いしたら1日でなくなっちゃう」
「おいおいコアラおれを舐めるなよ、1日もかかるか数分だ」
「なお悪いわ!!」
チョコレートは貰えたが結局拳骨も貰ってしまったサボだった。この様子をずっと見ていたジョーとハックはよく味わって食べようと瓶のチョコレートを見つめた。(ちなみにハックはアーモンドチョコ、ジョーはチョコ棒が敷き詰められていた)
「で?そこにある紙袋はなにかな?」
「だめ!これはやらんぞ!!」
「なにも欲しいなんて言ってないでしょ!」
サボのデスクの足元に隠すように置かれた紙袋を指摘するとサボは慌ててぎゅうっと抱きしめ取られまいとした。
「だってコアラすぐおれの取るじゃん!」
「そんな昔の話を持ち出さないでよ!」
サボが船に乗る頃同時期にコアラも革命軍に入ることになった。その頃からふたりはセットで一緒にいるが記憶喪失だった世間知らずのサボと違いコアラは魚人海賊団とともに旅をしていたことと年上だったということもありいつの間にかコアラの方が立場が強くなり、質素倹約な革命軍で滅多に買って貰えなかったお菓子はコアラにいつも取られていた。このことを知っているのは古株だけで最近入ったサボに憧れる女性陣たちもコアラに恋心を寄せる若い男衆も知らない。だがそのことを知っているハックとジョーは最近でもそうだよなと互いの顔を見合わせた。口にしないのは飛び火を恐れてだ。そんなこともありサボはコアラに取られまいと隠すのは当然のこととなった。
「それドラゴンさんにあげるやつでしょ?」
「わ、わるいかよ!?」
実はドラゴンと恋人関係になってから今回が初めてのバレンタインである。サボは普段恋人らしいことをしてくれないドラゴンに今日ぐらいはと女性客の多い中チョコレートを買いに行ったのだ。クスクスと笑われながら買い物をするのはとても恥ずかしくドラゴンのためでなければとっくに逃げ出していた。
「何買ったの?」
「どれがいいかわかんなくて……トリュフのやつにした」
「ふぅん」
「なんだよ……」
「まぁどうせ食べるのはサボくんでしょ」
「食わねぇよ、ドラゴンさんにあげるんだから」
「…………そういうことにしといてやろう」
ニヤニヤと笑うコアラにサボは居心地が悪くなって紙袋を抱えその場を逃げ出した。逃げる際ハックとジョーも見たが二人もニヤニヤと笑っていた。
(なんだよ……みんなして馬鹿にして)





そして夜。サボはチョコレートを持ってドラゴンの寝室へと向かった。もちろん風呂に入って身綺麗にしてからだ。
(別に?期待なんてしてないし?今日も日課の鍛錬したから汗かいたしそれで風呂に入っただけだし?そりゃあバレンタインだしもしかしたらドラゴンさんもその気になってくれるかもしれないし?まぁ別にしなきゃしなきゃでいいんだけどもしするってなったら洗浄してないとできないし?)
言い訳しながら腸内洗浄もしっかりと終えうっすら疼く後ろを誤魔化しながらサボは部屋のドアをノックした。
「ドラゴンさん、おれ」
「入りなさい」
ドアを開ければドラゴンのにおいがきつく香る。ドラゴンのつけるコロンと雨風に微かに葉巻と体臭が混ざった香り。サボがもっとも落ち着いてもっともドキドキする香りだ。革命軍のトップの部屋だがあまり広くなくこの狭い部屋はドラゴンのにおいでいっぱいだ。まるで抱きしめられているかのように錯覚してしまう。
「お酒飲んでいたんですか?」
ベッドサイドのテーブルにはワインボトルとグラスが置かれていた。
「いやまだ、つまみがなくてな」
「なにか貰ってきましょうか?」
「いや、持ってきているんだろう?」
「?」
「ワインにはチョコレートが合うらしい」
「!」
にやと悪そうな笑みを浮かべるドラゴンにサボは頬を紅くさせる。気づいてくれないのも嫌だがあらかさまなのも嫌だ。手を伸ばされサボはとぼとぼと近づきドラゴンの腕の中へと収まる。もぞもぞと居心地のいい場所を探りドラゴンの胸に顔を埋める。一層濃くなるドラゴンのにおいに体温があがる。
「サボ」
耳を擽るような低い声に背中がゾクゾクと粟立つ。
「チョコくれないのか?」
「……食べたいだけなんじゃないですか?」
別におれのじゃなくてもと唇を尖らせるとドラゴンが頭の上で笑う気配がした。サボの前のドラゴンはよく笑う気がする。普段の彼は怖い顔をしている。子供の頃最初ドラゴンの顔の怖さにビビっていなかったといえば嘘になる。けれど本当はよく笑う人だ。そのことを知っているのは自分だけというのは気分がいい。
「そうだな……そのままならお前からじゃなくてもいいが」
「ひで……」
「食べさせてくれ」
「へ」
「お前が食べさせてくれ」
ほら、と促されサボはしばらく迷うが埋めていた顔を上げる。顔を上げるとドラゴンがこちらをじっと見つめていた。「う」と詰まるが目が催促している。目を逸らすとドラゴンはサボの金色の髪を耳にかきあげ髪によって隠れていた耳が顕になる。耳は真っ赤に染まっておりひくひくと動いている。指で耳朶を弄られると擽ったく後ろへと下がってしまうがそれをドラゴンの腕が許さない。腰に回った腕がサボを引き留める。サボが食べさせるまでいやその先に進んでもきっと離す気はないのだろう。きゅっと唇を噛み締めると耳を弄っていた指が唇に触れる。
「甘いチョコレートはいいが血の味は受け付けんぞ」
「ふぁい……」
「サボ」
再度名を呼ばれサボは意を決してチョコレートの包み紙を破っていく。綺麗に包装されていたがそれは微塵もなく破り捨てられていく。そこそこの値段のするものだったがブランド名ももう関係ない。チョコレートの説明書きもあったが読む気にもなれない。サボはココアパウダーに包まれたトリュフをひとつ摘むとドラゴンの口元へと持っていく。だがドラゴンは口を開けてくれない。
「ドラゴンさん?」
「そんな食べさせ方なら子供でもできる」
(それってつまり)
「口で」と言われサボは眉が下がってしまう。口移しなんてキスだってまだ数えるぐらいしかしてないのに。そんな恋人みたいなことを。
(いや、望んでいたけど…………はずかしい)
けれどドラゴンはその恥ずかしいことを望んでいるわけで。サボはゆっくりとチョコレートを唇に食むとドラゴンの唇へと重ねた。チョコレートはサボの口からドラゴンの口へと転がりそのまま深く唇が重なる。口の中でどろりとチョコレートが溶けラムが甘く香る。溶けるチョコレートの中にドラゴンの舌がサボの口の中を満たす。ごくと溶けたチョコレートを飲み込むが唾液も混ざり口の端に溢れ出てしまう。鼻を抜ける香りと甘さがサボの脳内を麻痺させる。
(チョコレート、こんなに甘かったっけ……)
ぼんやりと口づけを受けているとチョコレートはなくなり唇が遠ざかる。甘いチョコレートの香りの吐息が二人の間で混ざる。はふ、と息を調えているとドラゴンがワインを瓶ごとあおりそしてサボの顎を掴み上へ上げるとワインを含んだまま口づけた。驚いたサボの口内にワインが流れ込んでくる。チョコレートと違い芳醇な葡萄の香りとスパイスのような辛味に舌がひりつく。
(あつい)
よく冷えたワインのはずなのに喉を通る度にかっと熱が上がる。ドラゴンの舌の方が冷たい気がして冷たさを求めて舌を絡めていく。気づけばチョコレートもワインも口には残っていないのにそのままベッドへと倒れ込んでも口づけは止まらない。
そのままもうチョコレートもワインも口につけることはなかった。



「言ったでしょう?食べるのはサボくんだって」
食べられたのはチョコレートよりも甘いもの。


おわり

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