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□君にとって僕は、いつも大勢の中の一人だった
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幼いころからテレビ業界にいる人間にとってはファーストキスはあってないようなものだ。そもそもキスをいついち深い意味で考えていたらこの業界ではやっていけない。時にはぼくたちはテレビの前で肌を合わせなければいけないのだから、キスくらい、と思えてきてしまうのが現実だ。
ぼくのファーストキスは八歳、二つ年下で、そのときは別の事務所に所属していたナツメだった。ぼくにとっては初めて連ドラのメインオファーをもらった作品で、ナツメにとっては初めての連ドラ出演だった。
あれから17年、ぼくは他のいろんな女の子とキスをしたし、何人かと肌を重ねてきた。三枚目アイドルなんて言われるようになり、だからこそ仕事に手を抜くことは許されないと自分をいつも叱りつけている。断ることができるラブシーンのある出演オファーだって今の一度も断ったことはない。それでもぼくが覚えているのはあのファーストキスをしたナツメの唇の感触だけだった。

「ねぇ聞いた?夏瑪ちゃんが例のプロジェクトのオファー受けたって話」

「例のプロジェクト?」

「嘘やだ、まだ回ってない話だったの、これ?」

「いいから言いなさいよ」

「たぶんすぐ話題にあがると思うけど...。島本理生さんのナラタージュの実写映画、原田監督が熱烈なオファーを送ってたって噂になってたじゃない」

「あー、あれ?けど東条ちゃんってそういう系の作品でないじゃない。とくにそういう描写得意にしてる原田監督の作品」

「それが受けたのよ、夏瑪ちゃん!」

うっすらと聞こえていた会話が鮮明に聞こえるようになり、ぼくは進めていた足を止めた。それに合わせるかのように前から歩いてきたモデル、まではいかないけどわりとスタイルのいい二人組も足を止める。二人とも何度かお世話になったことのあるシャイニング事務所お抱えのメイクリストだ。ナツメのことを“夏瑪ちゃん”と名前で呼ぶ胸の大きな子はナツメのお気に入りのメイクリストさんだったと記憶している。
「お疲れさまです寿さん」とそろって挨拶し、自分の横を通り抜けようもした二人を呼び止め、そうしてからぼくはいったい何を聞きたいのかと自問自答した。二人は顔を見合わせるとそろってぼくに顔を向け、一卵性にしては似てない顔をこれまた揃って見事に逆さにかしげてみせた。

「寿さん?」

「なにか用ですか?」

「あー...そのさ、」

いつになく歯切れの悪いぼくに先に反応したのはナツメを“東条ちゃん”と呼ぶ妹ちゃんの方だった。「もしかしなくても、さっきの話聞こえてましたよね」と苦笑ぎみに笑った妹ちゃんにぼくも思わずほほをひきつらせながらわらっていた。
ナツメの話題になると必ずといっていいほど首を突っ込んでしまう自分もこの歳になって大概分かりやすいなぁ、と思ってしまう。テレビ会の人間としては忘れなくてはいけない感情。抱いてはいけない思い。だけど、そうするにはぼくのファーストキスは暖かすぎた。

「あれ...れいちゃんに真希さんに...真弓ちゃん?三人が一緒って珍しい光景」

自分の後ろから聞こえた少し低めの柔らかい声に振り返ったぼくに「やっほーれいちゃん」と手を振ったナツメに胸の鼓動は一気に走り出す。今撮影している連ドラの役のために光にあたれば金髪にみえら明るい茶髪に染めてある髪を揺らし、近づいてくるナツメにおとやんやトッキーにするみたいに抱きつけたらどんなに楽だろうかと考える。

「ねぇナツメ、原田監督のオファー受けたって本当?」

「ええ!?もうその話広まってるの!?」

「真弓ちゃーん!」とお姉ちゃんの名前を呼んだナツメに手を合わせたお姉ちゃんは妹ちゃんに目くばせし、妹ちゃんはぼくに目配せしてくる。「しょうがないなぁ」と唇をとがらせるナツメにぼくはいったい何を期待していたのだろうか、と。落胆している自分に問いかけても答えは帰ってこない。

「私ももう22なわけでしょ、好き嫌いしてられないわ。生き残れなくなっちゃう」

「そんな...無理しなくたってナツメは大丈夫でしょ...?」

「うーん、なんというか...いつまでも甘えていたくないの」

だって私は女優だからーー
そういって胸をはったナツメにその役を断って欲しい、といいかけた唇を閉ざした。第一ぼくと彼女はただの仕事仲間にすぎない。そんなこという権利は微塵もないのだと思い出す。

「ドラマはね、二クール先の枠なの。私これがトキヤくんと初共演なの」

「そう...なんだ」

「私頑張るから、れいちゃん見てよね!」

「じゃあね!」と来たときと同じように、まるで風のように去っていったナツメの後ろ姿をぼくはただ見送ることしか出来なかった。渇いた喉が張り付いて言葉なんて出てこなかった。
今までだって何をしても自分より早く、すぐに上手にこなしてしまうトッキーを羨ましいと思ったことはあった。だけど今より強くトッキーになりたいと思ったことはなかった。
一人になった静かな廊下にぼくが握りしめたこぶしで壁を叩いた音が響いた。



(どうしてぼくじゃなくてあの子だったんだろう。なんて、“そこ”にいれないことが一番の理由だ)

御題処:『確かに恋だった 様』から選択式お題41-50(君にとって僕は、いつも大勢の中の一人だった)

☆★☆

少し前にみたテレビ番組を思い出して書き起こした作品(笑)あれってがちでキスしてたんですね。

島本理生さんのナラタージュ、ほんっと大好きなんです。パロやりたい...。先生×元生徒×同級生って見事な三角関係!!むしろなんで映画かドラマ化しないのか不思議でしょうがない。理生さん、これからも頑張ってください!影から応援してます!!


Sunkus🎼

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