それはまるで血のように流れる

□10--渇望悪食ヘマトフィリア
1ページ/1ページ

side》》東条夏瑪

二人の忠告を生半可に聞いていた訳ではない。同族の彼らがいうのだから嘘ではないのだろうと思っていた。何より自分自身が彼の異常なまでのプレッシャーを感じていたし、周りの異様な様子をみていれば警戒するなというほうが無理がある。
だから覚悟はしていた。

ーー今は...なーー

第一「何もしなしない」といわれたわけではない。それでも結果的に私は油断していたのだろうか。打つ手はいくらでもあったはずだ。奴が私自身をすぐに狙わないのであれば友千香を狙うなんてことくらいすぐに思い付いたはずだ。以前の私なら警戒して友千香を縛ってでも自分の家に置いておいたはずだ。
ーーならどうしてその考えが浮かばなかった?
ハンターである私に害をなそうとしない、むしろ守ろうなんてする吸血鬼に知らぬ間に毒されていたのだろうか。それが彼らの狙いだとしたら私はまんまとはめられたことになる。まったく、ハンターとして恥ずかしいかぎりだとつくため息すらこの空間では凍えてしまう。
目の前には場違いに思えないほど完璧に白いスーツを着こなすカミュ、その後ろには意識ないようにみえる友千香がいる。銃を握る手は彼から発されるプレッシャーに晒され震えているのが見てわかる。まるで初めて美風藍に会った夜の再来じゃないか、と笑えたらどんなにいいだろうか。“守りたいもの”を人質に取られている今、下手な攻撃はできない。

「今まで不思議に思わなかったのか」

「...なにが」

「自分に両親がなく、化け物に付け狙われる理由だ」

友千香は私にとっての“日常”だった。彼女がいて、私の昼間は成り立っている。この銃とハンターとしての誇りがあって私の夜は成り立っている。そのどちらもがあってこそ私、東条夏瑪という人間は成り立っている。だからどちらもかがでも欠けてしまえば私は存在することはできない。
“お前の日常を捕らえた、返してほしければ夜の更け、教室にこい”、と。そのメッセージをみて私が迷うことはなかった。さいわい友千香はまだカミュの牙を受けていないようにみえる。否、彼女の気配はまだ人間だ。

「“闇”がハンターに過剰反応するのは当たり前のこと」

「闇はハンターを嫌う。雑魚ほどハンターの前には現れない」

鳴りやまない警鐘は何を私に教えようとしているのだろうか。早くここから去れ、と叫ぶ私は何に怯えているのだろうか。
たとえば私の足元に大きな山があるとする。それは日常という山で、隣にはハンターという崩れようもない山がある。目の前には常に活動をする“闇”という火山があって、ただの山である私はつねに火山を警戒している。だというのに私の足元の山は今微かに振動し、熱を私の足に伝えてきている。

「貴様は何も知らされていない。哀れなものだな」

「意味がわからないことばかり言うな!!」

「意味がわからない?...ならば貴様のような愚民のためにはっきりと言ってやろう」

「くそが...、」

「いや、愚妹、というべきか。如月ノエラは我が母上様の名だ」

ーー聞くな
私が叫んだ。
ーー理解するな
私が泣いた。
ーー騙されるな
誰かが囁いた。

だけど、すべて本当なのーー

ーーごめんね...夏瑪

知らない女の声が告げた。「嘘だ」と型どった私の唇からは声が出ていたのだろうか。

「が、父親は別だ。私の父上様は闇の王。貴様の父はハンターだった」

「そんなの...、」

「信じられないのであれば祖母にでも聞くがいい。今まで何も教えてもらえなかったのだろう?それが何よりも物語っている」

“闇”と人の間の子を作るべからず、これもハンターになる子供が最初のうちに頭に叩き込まされることだった。間の子というのは必ず特別な力や血を持って生まれてくる。時にはこの世の理すら変えてしまう子供が生まれてしまうかもしれない。
だけど規則があればあるほどそこに愛は芽生えていった。“闇堕ち”したハンターとその相手を私だってこの手にかけたことがある。
不思議に思わなかったわけではない。祖母は父の話はともかく、絶対に母の話をしたがらなかった。「二人ともハンターだったんだ」とだけいい、私に外でハンターの話をすること、それから本当の名字を名乗ることを禁じた。そのすべてがここに繋がっているというのだろうか。

「我が父上様はありがたいことに愚妹を娘として迎え入れるといってくださった。だからこうして俺がこんなゴミの吐き捨て場にいる」

「来るな...、それ以上近づいたら撃つ!!」

「撃てばいい。ただし...出来るのであれば、な」

パァン、と銃声が狭い教室に鳴り響いた。だけどそれは教室の壁に穴を開けただけでカミュが傷付いた様子はまったくない。

「吸血鬼...お前の言い方をすれば“闇”は兄妹同士を傷つけることはできない」

「くるな...、友千香を...返して」

「気丈な...だが、足はまるで生まれたての小鹿だな」

私とカミュの距離はあと数センチ、私の背中のすぐ先には壁があって、逃げようにも友千香を置いて逃げることなんて私には出来ない。

「さあ、いっしょにーー」

「そこまでだよ」

ガチャリ、と聞こえたのは自分の目の前の暗闇からだった。軽くなった右手に握っていたはずの銃の姿はなくて、代わりに見覚えのある銃口がカミュの頭に突きつけられて月明かりに煌めいた。「動いたら撃つよ」と、聞こえた声の名前を私の唇は囁いた。

「興がそがれた...、」

「ま...っナツメ!」

急に低くなった視界に自分が倒れたことを知った。だけど何処かをつよく打ち付けるなんてことはなくて、目を開ければ自分を抱えるように抱き締める美風藍と目があった。カミュの姿も、気配ももう教室にはない。

「...母のこと、きいた」

「うん」

「私は...望まれてなんか、いなかったのかな...、だって、何も、知らなかった...っ」

これは絶望だろうか。教えてくれなかった祖母への悲しみ。生まれてはいかない存在だという苦しみ。なにも知らなかったという悔しさ。混ざりすぎた感情はもうなにがなんだかわからない。
こぼれてくる涙を止めることなんか出来るわけがなくて、美風藍に支えられたまま私は涙を流していた。ただ“悔しい”という感情がその涙には籠っているはずだ。

「ねぇ」

「...み、かぜ.....?」

「ボクはキミを必要としてるよ」

自分を見つめるのは綺麗な水色だった。思えば初めてその目を美しいと、綺麗だと心から思ったかもしれない。いつだってその目は私に恐怖を与えていた。それがもう今は怖くない。それ以上に怖くて恐ろしいものを私は知ってしまった。

「ボクと、一緒に永遠を生きてみない?」

「は...、」

「キミが好き。だからボクと一緒に生きて」

ーーああ、そうか...、
納得してしまえばもう迷う必要は感じられなかった。きっと私は彼にであった瞬間からどうかしてしまったのだ。ハンターという仕事をしている自分を誇りに思っていたはずだった。それが一瞬にして崩れ去り、両親という幻影すら消え去った。そんな今の私中でいま何より煌めいているのは目の前の吸血鬼だった。
涙の流れる頬をそのままに私は首を縦に振った。教室の窓から見える星が祝福するように輝いていた。


(そして彼の牙が私の首を貫いた。甘い電撃が身体中を遡った)

御題処『神威 様』からgrotesque-10(10-渇望悪食ヘマトフィリア)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ