それはまるで血のように流れる

□09--欲しがりすぎるとは罪なことで
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side》》東条##NAME1#

冬休み明け、いつになく教室が冷たい気配に包まれていた。吐き気すらもよおすこの気配の理由を私が気づかない振りなんてできるわけがない。思えば朝からやけに街中が騒がしかったのだ、何も起こらない方が不気味じゃないか、とは思ってもまさにもうあとの始末だ。
私の席の斜め前に平然と座る男から目を反らすことなくブレザーに仕込ませた短剣をきつく握りしめた。嵩張る銃は学校に持ってくることはできない。

「おはよう友千香」

「おっはよー夏瑪」

「一応聞くけど、なに見てるの」

「そりゃあカミュ様よ。休み明け早々拝めるなんて幸せすぎる。私もう死んでもいいかもしれない」

目を虚ろにして囁くのは友千香だけではない。今ここにいない人間と私以外の人間が彼を見てはため息を吐き、何かに取りつかれたかのように目を虚ろにしている。
ーー明らかにおかしい
平然とクラスに居座る男は間違いなく人間ではないだろう。私に冬休み前からカミュという男がクラスにいた記憶はない。だけど私はこの男を知っている。

ーーならば質問を変える。如月ノエラを知っているかーー

12月、クリスマス前に遅くなったバイトの帰り道、そこであった“化け物”こそカミュなのだ、と確信をもって言える。証拠にカミュからは苦しくなるほど禍々しい気配が放たれている。
あの日、なぜカミュは父の名前を出したのだろうか。それどころかそもそもなぜハンターであったはずの名前を出したのだろうか。過去に対峙した因縁か。それとも別の理由なのか。父私を結びつける理由なんて思い当たらない。

「いい加減にして。そうやすやす命を投げ出されたらたまったものじゃない」

「カミュ様のために死ねるなら本望よ」

「いい加減にして」  

いつもなら受け止めるなり交わすなりされるかるい手刀も友千香の頭に降り落ちた。それでも彼女の目線がカミュから離れることはない。
彼の目的はなんなのだろうか。わざわざハンターの多く潜伏するこの町に現れ、私に意味ありげな言葉を残したその目的はまったくもってわからない。ただの物好きなのか、だけどそれだけなら美風藍も寿嶺二にも同じことが言えそうだ。

「やだ、ちょっとカミュ様こっちくる!」

「...面倒くさ」

あくまで紳士笑顔で近づいてくるカミュに友千香は今にも熟れて地面に落ちる林檎のように顔を赤くして私の後ろに隠れてしまう。さっきまでのあの勢いはどこにいったのか。そもそもかなり近くに座っていたのに加えて彼は吸血鬼だ。どうせ私たちの会話なんてその場で聞いているのと同じくらい鮮明に聞こえていたはずだ。
ーーとはいえ友千香にはわからないだろうけど
ため息をひとつついてからちょうど自分の目の前にきたカミュを見上げた。たっていてもかなりの身長さがあった。それが座っている今、その差からくる威圧感は半端ではない。

「先日はお騒がせいたしました」

「...どうも」

「そう警戒しないでください。何もしませんよ...ーー」

ここではねーー
整いすぎた顔だからこそ笑顔から与えられる恐怖という違和感が大きいのかもしれない。耳元でささやかれた言葉に背中冷たい汗が伝った。私と友千香に背中を向けて去っていくカミュを見つめたままたまった唾を一気に飲み込んだ。背後から騒ぎたてる友千香の言葉なんてもはや耳に入ってこなかった。

「ねぇ友千香」

「なぁにー?」

「美風藍のこと、見た?」

予鈴が校舎に鳴り響き、本鈴まであと一分だというのにどういうわけか美風藍の姿は教室になかった。いつもなら予鈴がなる前には教室にいる奴がよりによって何故今日いないのか。そう思ってから私は何を期待しているのか、と自分自身にため息をつきたくなった。仮にも敵である彼に頼ろうなんて、それこそハンターの名が腐る行為ではないか、と。
結局美風藍が教室に現れることはなく授業が始まり、至って真面目に授業をうけるカミュの斜め後ろで私は常に妙なプレッシャーを感じながら黒板の文字をノートに取りつづけた。教室がカミュに意識をとられるなか、一人黒板に集中する私の姿が異様に見えているというのに、教師ですらカミュに魅了されているのか誰一人として生徒に注意をしなかった。

「東条さん、ちょっと来て」

「は?」

待ちに待った昼休み、いつもの“隠れ家”にいこうとした私を呼び止めたのは七海さんだった。まさかカミュの差し金だろうか、と思い振り返った斜め後ろにはクラスの女の子と談笑する悪魔の姿がある。
手招きする七海さんについて教室を出て、そこにいた人物に私は気づけばため息を吐いていた。「なんでいるの」と、自分の唇から出てきたのは皮肉とも嫌みともとれない単なる疑問だった。

「はじめまして、夏瑪ちゃん。ぼくのこと、知ってる?」

「私を馬鹿にしてるの?それと素で聞いてるの」

「ふふっ、なら話は早いね。ちょっと一緒に来てもらってもいーかな?」

「...私にメリットはない」

「あの男のプレッシャー、辛いんじゃないの?顔色悪いよ」

「うるさい」

久しぶりにみた眼鏡姿の美風藍は「いいからとりあえずこっちきて」と私の腕を有無を言わさずに掴み、見た目からは想像できない力で私を引っ張った。証拠に思いきり振り払おうとしても拘束された腕が自由になることはない。振り替えれば寿嶺二は笑顔を崩すことなく私たちの後ろを歩いている。

「あの男、あなたたちが呼んだの」

「まさか」

「じゃあ何者なの」

「吸血鬼の王の側近。妾の子」

連れていかれた屋上には誰の姿もなかった。ようやく正面から私をみた美風藍はいつのまに眼鏡を外したのか怖いくらいきれいなあの青い瞳で私をまっすぐみつめた。

「アイツは危険だ。今まで何人ものハンターを手にかけてきてる」

「何かあったら絶対に一人で対処しようとしないでね?これは約束!」

「必ず助けにいく。だから連絡して」

いってしまえば無理矢理握らさせられた紙を開いてみればそこには二人分のアドレスと電話番号がかかれていて、私は自分のケータイを取り出すことなく紙を握りつぶすとポケットの中に押し込んだ。あとから思えばこのとき私には紙を切り裂いて捨てることも、食べてしまうことだってできた。だけど私がそれを実行しなかった。
そこそこ強い力のある美風藍も、寿嶺二も上回る力をもつ吸血鬼。彼らの世界の上下関係なんていちハンターの私にはわからない。だけど、それでも私はハンターだ。対峙すべき“闇”に守ってもらうような失態だけは起こさないと心に誓った。


(たとえ半人前でも、私には私の正義がある。生半端な覚悟でハンターをやっているわけじゃないの)

御題処:『神威 様』からgrotesque-10(09-欲しがりすぎるとは罪なことで)


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