それはまるで血のように流れる
□08--ぼたぼたと華咲かす
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side》》美風藍
闇を葬る役職、つまるところハンター教会で“ボクたち”が聖なるものと名のつく物体に弱い、とは初歩中の初歩として教えられる。詳しくは知らないけれど、それこそハンターに志願したての子供たちが教わるのも、最初に与えられる武器も十字架や清水に十三日間つけられた短剣とかだろう。
つまり童話の世界はあながち間違いではない。たしかに弱い。だけどそれは位の低い、力の弱い闇のけん属の場合に限られる。実際ボクはクリスマスに普通に出歩けるし、聖なる土地といわれるギリシャにだって観光にいける。もちろん少しだけ苦しかったり、胸騒ぎはするけれど。
かといって進んでその類いの場所にいこうとは思わない。だからこれは気まぐれなのだ、と何度めか忘れた言葉を胸のうちで囁いた。
ーー違う。ボクはナツメは気になって仕方ない
この否定をするのだって言い聞かせるのと同じ回数自分に言い聞かせた。
まるでストーカーのようだ、と思いながら大きな墓石に隠れてひとつのお墓に向かってあわせるナツメの背中を見た。彼女が持ってきた花なのだろうか。まだ新しい花が墓の両横に手向けられている。
「お母さん、お父さん、私はハンターとしてあるまじきことをしているのかもしれない...、」
吸い寄せられるように近づいていき、ようやく聞こえた声はいつも聞く凛々しいものとはかけ離れたものだった。不安げに揺れる声音に伸ばした手の着き場は何処にもない。
「私はどうするべきだと思う...?」
「それはキミが決めるものだと思うけど」
「っ...、美風っ...藍」
黒髪を靡かせて振り向いたナツメに笑いかけてみれば舌打ちをくらい、やっぱり自分の力は効かないのだと確認する。目を見て、ボクに夢中にならないのはこの力を認識してからナツメが初めてだ。それもボクが彼女が気になる理由のひとつなのかもしれないと思う。
「ここ、キミの家のお墓?」
「吸血鬼らしく墓嵐でもしに来たの」
「それは死神。ボクたちはそんなことしない」
本気なのか、冗談なのかわからない表情でいってのけたナツメはいつもの銃のかわりにボクに向けていた柄杓を樽のなか戻し、深々とため息を吐いた。
「どのみち死者への冒涜。とくに私の両親のお墓に近寄らないで」
「ひどい扱いだね」
「いったはず。私にとってあなたはただの吸血鬼。それ以上でも、以下でもない」
「ボクはキミのことを放っておけない」
「ありがた迷惑」
ナツメはボクの横を通りすぎるのかと思った。だけど洋服のうでの部分を掴むとそのまま彼女の両親の墓にどんどん背を向けていく。当然ボクはされるがままに引っ張られている。
横顔は相変わらず本当のところ何を考えているのかわからなかった。こんなときに心を読める力があればいいのに、と思わずにいられない。とはいえナツメには効かないけれど。それでも自分を拒絶しているようには見えなかった。
「ボクも本当なら三百年前くらいにここにいるはずだったんだ。前にもいったけど、ボクを吸血鬼にしたレイジに会ったのはもう三百年前以上前」
ナツメからの返事は当然なかった。だけど拒絶の言葉もやっぱりない。だからそれをいいように解釈することに決めた。
「ボクはね、ある国に使える兵士だったんだ。だけど、ボクのいた国は大戦に負けて、ボクはその通り死にかけてた。もしかしたらレイジは兵士として混ざってたのかも知れないや。あの人、見た目はそこそこ若いけどすごく年上なんだ。それこそ千年以上」
あのときの痛み、悲しみ、苦しみは今でも覚えている。弾丸がいくつも貫いた身体は動かすことすらできなくて、自分に降りかかる雨すら痛みに変わった。国のために戦っていたのに助けにこない国が憎くて、所詮捨て駒だった事実がむなしくて、悲しかった。口では散々「国のためならば死んで見せよう!」何て言っていたのに、いざ死ぬとなったらそのことが怖くて、苦しかった。
ーー生きたい?ーー
だからボクにとってレイジは恩人なんて言葉じゃ言い表せない存在だった。彼はボクに本当の仲間をくれた。永遠なんてものじゃたりない時間をくれた。もちろん“永遠”は楽しいものじゃないけれど、それでもボクは今の“ボクの環境”に満足している。否、していた。
「ねえ」
「うん」
「美風藍は、」
「なに?」
「やっぱりいい。なんでもない」
見つめていてもナツメからそれ以上の言葉を聞けそうにはなかった。いつのまにかボクに向けてくれていた視線をはずし、歩きだしたナツメのあとをボクも歩きだした。
ーーやっぱりナツメが欲しいよ
チクリ、と渇きを伝えてきた喉に手を当て、疼く牙を自分の唇に突き立てた。まだ駄目だ、と自分がいう。ならいつならいいのか、と自分がきく。
“その時はもう近い”
どうしてだかはわからない。だけどそう断言する自分がいた。
(キミはボクのものになる。絶対に)
御題処:『神威 様』からgrotesque-10(08-ぼたぼたと華咲かす)