それはまるで血のように流れる

□07--刺して抉って裂いて捌いて取り出して噛んで啜って呑み込んで
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side》》東条夏瑪

12月25日のクリスマス。それは私たちハンターが唯一肩の力を抜ける日だった。聖なる力に弱い“闇”はイエス・キリスト様のご加護が世界を包み込むこの日ばかりは息をそ染めていることしかできない。
この辺では珍しくホワイトクリスマス今年も去年までと同じように数少ない“休日”を家で静かに過ごすはずだった。職業柄うんぬん以前に正直恋愛というものの価値がよくわからない私にとって別にクリスマスにわざわざ外に出掛けたい願望はない。生憎一応キリスト信者なわけで、クリスマスツリーなら家に飾ってあるし、イルミネーションだってテレビでみるので十分だと思う。
だというのに私はけして自分では買わないだろう白いワンピースをきて、制服の上にはおる紺のダッフルコートでないベージュのコートをきて、人並みを歩いている。それも気でもおかしくならない限り隣を歩くことはないだろう奴が隣にいる。
を歩いている。
ーーというか現在形だからついに私は気が狂ったんだ
服はすべて友千香のものだ。そもそも少し考えてみれば“恋”と名のつくものに目がない友千香がこの話題に噛みついてこないわけがなかった。

ーー人と出掛けるから服を貸してほしいーー

私は絶対に頼む人を間違えた。だけど服の貸し借りを頼める人間なんて彼女以外に思い当たるはずもなく、恨むなら制服とパジャマ、仕事をするときに着ることのある黒づくめの服しかもっていない自分を恨むべきだろうか。
見事に頭から足の先まで揃えてくれた友千香には感謝している。しているけどさっきから隣をあるく美風藍の視線がうざい。可笑しいのならいっそそういってもらいたいと思った。

「苦手なものとか、食べれないもの...ある?」

「別にないよ。そっちこそ、あるんじゃないの?」

ニンニクとか、と喉まででかかった言葉を飲み込んだ。この私の頭の状況をハンター仲間がみたら「ハンターたるもの世の中の物語ごときに惑わされるなんて」といわれるだろうか。それとも「“闇”と一緒にいるなんて」と罵られるのだろうか。
そう考えてようやく一つの疑問に辿り着いた。目の前にいるのは“闇”に属する吸血鬼だというのにどうしてこうも平然としていられるのだろうか。今まで一度だってクリスマスに
奴らの目撃情報はでていない。だというのにこれではハンターの落ち度と言わざるを得なくなるじゃないか。

「海が苦手なんだ」

「は?」

「だから、海」

先に席についた美風藍に促されて座った私は今の話題を掘り下げていいのか迷った。知りたくないといえば嘘になる。だけど吸血鬼に興味を抱いてる自分を正直に認めたくない。
そんな私の葛藤をしってか知らずか。美風藍はメニューの片方を私に差し出した。「ボクが頼むものは決まってるから」といいつつメニューに目を通すところがなんだか彼らしいと思いつつ、らしいってなんだよ、とひとりで突っ込みをいれた。

「...よく来るの」

「ここ?」

「そう」

「よく...はこないけど、レイジが気に入ってるから。ここのケーキ」

レイジ、というのが同種の寿嶺二だと思い当たるのにそう時間はかかなかった。もちろんこんなところで“吸血鬼”なんてワードを出すほど私は馬鹿じゃない。「意外。ケーキとか食べるんだ」ととてつもない回りくどい言い方に納めた。それでも美風藍には伝わったらしく、「ボクたちをなんだと思ってるの?」と聞き返された。もちろん吸血鬼と思ってます、とは返さずに運ばれてきた水を飲み干した。
これはお礼だ、と。今日何度目かの言葉を自分に言い聞かせた。油断していた自分を美風藍は助けてくれた。だからいつもなら絶対に断っていただろう“デート”の誘いをうけた。「これでチャラにするから」と面と向かっていった私に美風藍はどんな顔をしていただろうか。

「一つ聞いてもいい?」

「答えられることなら」

「ボクのこと、好き?」

言葉を飲み込めなかった。なんてどこの漫画の話だろう。ここは現実。だけどまさに私は目の前の唇から発された言葉を理解できなかった。だけど私の頭はずいぶん出来がいいらしく、ゆっくりと彼の言葉を再生してくれる。

「...馬鹿なわけ?それとも頭が可笑しいの?」

「ちょっと、真剣に答えてくれる?」

「なら私もきくけど。それはクラスメイトとして?それともプライベートとして?」

言い切ってから何を剥きになっているのだろうか、と中身を飲み干したコップに手を当てた。まだ冷たいそれは私の高まった熱を溶かしてくれる。
いつの間にかかけていた眼鏡をはずして私をじっと見てくる美風藍に変な汗が背中を伝っていく。どうにも私はこの目が苦手だ。

「嫌い」

「そう...、」

「その目は怖い」

「は?」

それ以上質問には答えなかった。ウェイトレスを呼び、適当に目についたクラブハウスサンドを注文した。そのあとに美風藍はトマトジュースとブラウニーを頼み、アンバランスな組み合わせに笑いそうになる口許を引き締めた。
どこかロマンチックな音楽がながれ、周りの客もロマンチックな雰囲気に包まれていた。そんななかで私たちのテーブルだけが異様に緊張していて、周りとは違う空間に身を置いていた。



(「キミのことが知りたい」といわれたことすら聞こえないくらいトマトジュースのインパクトがでかかった)

御題処:『神威 様』からgrotesque-10(07-刺して抉って裂いて捌いて取り出して噛んで啜って呑み込んで)

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