それはまるで血のように流れる

□06--空想殺人事件の惨殺死体
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side》》寿嶺二

本当に人間は切り替わるのが早いと思う。少し前まではハロウィーン特集をさんざん放送していたというのにもうクリスマス特集だ。そして25日が終わったとたんにお正月特集を放送する。
人間というのはなんて飽きっぽい生き物なんだ、と思ったのはいったいいつの話だっただろうか。そもそも吸血鬼になった日すら覚えていないぼくには思い出すことなんて到底無理なことに思えてきた。これを悲しいと言うべきなのか、必然というべきなのか。
それでも人間の命は短いから、必死に生きるために次々のものに目を向けているのだと感じた日のことはちゃんと覚えている。忘れるわけがない。忘れられるわけがない。
ーーだってそれは“あの子”を忘れることになる
ぼくは女々しいのだろうか。いつまでも彼女の面影に縛られ、進むことなんて出来そうにないだけどそれほどまで愛していた。側にいてほしかった。

ーーきっとれいちゃんは私じゃなくて、“人間”に恋したんだよーー

今日で三千五十年目だ。蝋燭に火をつけて、そっと吹き消したぼくの名前を呼んだのはあの子と似ている自分の“弟”だった。

「大丈夫?」

「やだなぁアイアイ。なんのことー?」

「泣きながら言われても説得力ないんだけど」

蝋燭の明かりがなくなり、部屋には明かりという光がなくなった。人間なら辛うじて月明かりで手元がみえる程度の明かりだ。たけどぼくたちは人間ではない。なかでもぼくは夜目がきくほうだと思う。
目の前に置かれたボトルの片方を手に取ると立つだけの蝋燭に掲げ、一気に半分飲み干した。その隣でアイアイもボトルを傾けた。

「レイジってさ、いっつも隠そうとするよね」

「なにをー?」

「わかってて言ってるとしか思えない」

笑ったぼくがほんとう本当は笑えてないこともきっとアイアイにはお見通しなんだろう。彼は賢い。それに鋭い子だった。
生きた年数を忘れるくらい生きているぼくは今まで何人もの人間を吸血鬼に変えてきた。いきることに絶望していた人、病気の人、いつたって任意で噛みついた。

ーー生きたい?ーー

アイアイだけだった。戦争の最中、死にかけている彼をみて一目で“あの子だ”と思った。もちろん違う人だとわかっていたけど、死にそうな顔はあまりにも彼女にそっくりだった。だから彼が返事をする前にぼくは白い首筋に牙をたてていた。殺してはいけない、そう本能が叫んでいた。
だからかもしれない。吸血鬼に変えて、ぼくがずっと一緒にいるのアイアイだけだった。

「ねぇアイアイ」

「なに」

これまた“だから”だ。ぼくはアイアイのことなら大体分かる自信がある。それも三百年一緒にいれば当たり前だと言う人もいるかもしれないけれど、ぼくたち吸血鬼にしてみれば三百年はあっという間だ。もっといえば人間の一生なんて瞬きひとつの間のような感覚だ。

「アイアイにとって東条夏瑪ちゃんはどんな存在?」

「は?」

「夏瑪ちゃん。最近随分気にかけてるみたいだけど」

アイアイは一瞬顔をしかめ、すぐにいつもの“なにもないですよ”顔を作り上げた。だけど「かわいいよね、あの子」といったぼくの言葉にアイアイが反応しない、なんてことはなかった。勢いよく振り向いたアイアイに口角が上がっていくのがわかった。
ーーまだまだ人間臭いなぁ、なんて
もう三百年、されど三百年。まだ三百年。すべて当てはまるような気がした。彼のなん百倍も、へたしたら何千倍も生きているぼくからしてみたらアイアイはまだまだ人間よりの吸血鬼だ。

「レイジ、気になってるの?」

「どうだろうね」

「あの人と重ねてるの?」

「...どうだろうね」

二度目は速答できなかった。面と向かって話したことはない。あくまでアイアイの話と遠目でみただけの関係だ。それでも引き寄せられるものが東条夏瑪ちゃんにはある。

「アイアイが要らないならもらっちゃうよ?」

「夏瑪はものじゃない」

「ぼくちんはアイアイみたくもう人間らしい考えなんてできないよ」

立ち上がってもアイアイの視線はついてきた。だけど彼は何も言わなかった。ぼくもアイアイを振り替えることはなかった。
本気ではなかった。だけど一度でいいから夏瑪ちゃんと話してみたかった。ハンターと吸血鬼としてではなく、東条夏瑪と寿嶺二として、ただの同級生として会いたいと思った。



(ぼくは気づいたときにはすべて終わっていた。だけどアイアイに同じ思いはさせたくないんだ)

御題処:『神威 様』からgrotesque-10(06-空想殺人事件の惨殺死体)

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