それはまるで血のように流れる

□05--壊死させる威力
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side》》東条夏瑪

気づけば“彼ら”が転校してきて一ヶ月以上がたっていた。というのもあの日、転校してきたのは美風藍一人だけではなかった。私にとって唯一繋がりのある人間のいないクラスにもう一人の転校生はいた。
寿嶺二。彼は一日の大半を女の子から逃げて過ごす美風藍とは違い、女の子を1日中侍らせて生活していた。だけどその誰かが“消えた”という話はまだ聞かない。吸血鬼というものは個々に違う能力をもつと聞いているけれど、美風藍と寿嶺二は人を引き付ける能力でも持っているのだろうか。それとも“イケメン転校生”という効力なのか。
あいにく私にはその能力は聞かないけれど、友千香をはじめとするクラスの女の子はすっかり美風藍の虜だ。
ーー私には理解できない
私はあの目が怖かった。射止めんと鋭い瞳は私を捕らえて離さない。逃げようともどこまでも追いかけてくる。そんな感覚だ。

「あらやだ、ごめんなさい夏瑪ちゃん。もうとっくに上がりの時間だったわ!」

「大丈夫です。もう上がっても大丈夫ですか?」

「もちろんよ!ご苦労様」

「失礼します」

少し前なら一人で帰ろうとなんてしなかった。電話をして祖父に迎えを頼むか、ハンターネットで近くにいるハンターに“援護”要請をするかしていたはずだ。
この街には“闇”が存在できる条件が揃いすぎている。その分ハンターも多く潜伏しているけれど、武器がなければ所詮ハンターも人間だ。そのハンター同士の情報の擦れ違いや、助け合いを目的としたのがハンターネットだった。
それがなんの嫌がらせなのか。彼らがこの街にきたとされる日から“闇”の活動は目に見えておとなしくなっていた。吸血鬼は“闇”の中でも上に組する生き物だ。彼らに牽制されて下のものは息を潜めているとでもいうのだろうか。
ハロウィーンの色を失い、すっかりクリスマス1色に染まった街に出た私はしっかりとマフラーを自分の首に巻き付けた。吐き出した息は白く、手袋をしていても指先はつめたくなっている。

「平和...か」

だから私は完全に油断していたのだろう。まだ“闇”が現れる時間には少し早い。その油断が幾人ものハンターの命を奪っているとちゃんとわかっていたはずだった。
暮らしている祖父母の家まであと少しのときだった。暗くなってきた空に家への近道を使おうと私は暗い路地に足を踏み入れた。

「貴様、東条夏瑪で間違いないな」

首に突きつけられたものが何かを確認する余裕なんて私にはなかった。ヒヤリとつめたく鋭いものが首筋に食い込んでいき、背中を冷たい汗が伝った。
ーー“闇”だ
気配でわかる。自分の背後にいるのは美風藍や寿嶺二と同じ気をまとっている。それどころか彼らよりも禍々しいものを後ろの“闇”からは感じることができる。

「答えろ」

「“闇”に答える名はない」

「ならば質問を変える。如月ノエラを知っているか」

瞬きをひとつし終えた時には私は“闇”の鳶色の瞳を見つめていた。美風藍に感じた恐怖とはまた別の恐怖を仮面の奥のその瞳に感じた。否、あのときよりも恐怖の色はは深く、恐ろしい。

「答えろ」

「...関係ない」

この男に逆らってはいけないと本能が告げる。同時に母の名前を絶対にこの男に教えてはいけないとも本能が告げる。
“仕事”でないかぎり武器をもたない自分のこの主義をここまで恨んだのは初めてだった。だけど武器を持っていたところで私はこの男を撃ち抜けたのだろうか。

「自分の置かれている状況が理解できないほど愚かではないはずだ」

「命乞いをしてまで惜しい命じゃない」

「その言葉」

明らかに男の言葉は途中で終わっていた。ぐらり、と揺らいだ視界の理由を説明するかのように腕に痛みを感じ、視界の先に青色をみた。

「...美風...あ、い」

「大丈夫?」

男はやっぱり瞬きをひとつしている間に姿を消していた。制服姿の美風藍は白っぽくなったブレザーを手で払うと私の目を見詰めつて「大丈夫?」と首をかしげて見せた。

「一人歩きは危険だよ」

「私はハンターだ」

「ハンターの前に、女のコ。でしょ」

私が歩き出すと美風藍も歩き出した。時間はもう“闇”がうごめく逢魔が時。武器をない今、さっきの男のように強い“闇”に襲われたらひと溜まりもない。
私が知るかぎり彼らの根城は私の家とは反対側にある。「家、ここだから」といった私に美風藍は「別に。ボクもこっちに用があっただけだから」といった。

「なによ...あれ」

ーーお礼してくれるならクリスマス、ボクに付き合ってくれる?ーー

耳に残る美風藍の声を私は自分の舌打ちの音でかき消そうとした。だけどその声は私の中から消えてはくれそうになかった。



(これはなんなのだろうか。少しだけ彼が怖くなくなった)

御題処:『神威 様』からgrotesque-10(05-壊死させる威力)

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