それはまるで血のように流れる

□04--腕に引かれた線が泣く
1ページ/1ページ

side》》美風藍

“転校”して早一週間。ボクは今まで以上に上手く人間社会に溶け込んでいた。強いて言えば不可抗力で発動してしまう能力で周りには常に女の子に囲まれていた。笑えば黄色い悲鳴が上がったし、声を掛けてあげれば目をハートにしてボクにラブコールを送ってきた。
ーー別に望んでないんだけど
だけど収穫もあった。あの夜出会ったハンターの女の子についてこの一週間でわかったことがある。まず彼女が東条夏瑪という名前でいるということ。わりと交友関係が広いということ。時々学校を休むということ。仕事で負っているだろう怪我は自分がドジだということにしているということ。両親ではなく祖父母の家で暮らしているということ。
そしてどうやら自分の能力が彼女には効かないらしいということ。今までもハンターには何度も巡りあった。普通の人間より精神力の強い彼らがすぐに僕たちの能力が効かないことは珍しくない。だけど、どんな歴戦のハンターでも一週間も同じ時間を過ごしていれば周りの女と同じようにボクに媚を売ってきた。
吸血鬼の能力は本当に人それぞれだ。ボクみたいになにもしなくても見たものを“誘惑”してしまう能力。レイジのように“心のうち”を視ることのできる能力。“眠らせる”能力。“目を曇らせる”能力。人を“従わせる”能力。

「あれ、さっきこっちに行かなかった!?」

「あっちだよ!」

「そうだっけ?でもこっちにいなかったよね!」

「向こうにいったのかも!」

遠くなる足音に、階段の影に身を潜めていたボクはため息を吐いて肩の力を抜いた。ボクの能力は直接目を見なければ何も起こらないものだ。だけど眼鏡を外したその一瞬に目を見られてしまうと女の子は能力に当てられる。
ーーまるで麻薬だ
漫画や諸説にいわれる吸血衝動で姿がかわる、なんてことはボクたちにはない。だけど美味しそうなものがあれば人がお腹が空くように極端に“獲物”が群がってくれば喉は渇くし、牙も疼く。
ようやく自分に誘惑された女の子たちをまいたボクが辿り着いたのは人の気配のない静かな場所だった。初日に学級委員の子がしてくれた“案内ツアー”で素通りした森のなかだ。

「あ、」

その森の奥。一体ここはなんなのだろうか。空気が気持ち悪くなるくらいすんでいて、息苦しさすら覚える場所だと思った。
そこで安らかに寝息をたてる東条夏瑪は木の葉の間から漏れる光に照らされ、まるでここに舞い降りてきた天使のように見えた。
あれだけ警戒しているボクがそばにいるというのに目覚める気配はない。最初はそっと名前を呼んでみた。二回目は名字で。三回目は「ハンターさん」と。

「...ナツメ」

四度目は名前を呼んでみた。日本ではその昔、名前には特別な拘束力があるといわれていた。それは単なる人々の思い込みによるものだったけど、何となく今はその話が本当だったらよかったのに、と思った。
相変わらず寝息をたてるナツメの側に腰を掛け、白い頬に手を触れた。ブレザーの袖からみえる手首は赤くはれ、いつもならスカートにかくれている太ももには白い包帯が巻かれている。

「ねぇ、どうしてボクの能力が効かないの?」

「ん....、」

「キミは一体何者なの?」

声をあげたナツメに驚いたのは一瞬だった。寝返りを打っただけのナツメに止めていた息を吐き出し、静かに涙を流す頬を一撫でした。こんなとき、自分の能力が“夢を操る”ものならいいのにと思う。
ーーどんな悲しい夢をみてるの?
予鈴がなってもナツメが目覚める気配はなかった。どうするべきなのか、と。ボクが迷ったのは一瞬だった。眼鏡をはずし、眠るナツメを強く揺すった。

「友...っきゅうーー」

「おはようナツメ」

吸血鬼、と叫ぼうとしたナツメの唇を手で塞いで五秒。睨み付けてくるナツメの目を見つめ続けた。だというのにナツメがボクを睨み付ける目の色を変えることはない。正直信じられなかった。

「...キミみたいな子、初めてだ」

とっくの昔に止まった心臓が動き出した気分だった。相変わらず警戒した目を向けてくる東条に「学校ではクラスメイト。仲良くしようよ」と笑いかけた。やっぱりナツメはボクを睨み付けていた。



(そんなに嫌わないで。ボクはキミが嫌いじゃないのだから)

御題処:『神威 様』からgrotesque-10(04-腕に引かれた線が泣く)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ