それはまるで血のように流れる

□01--その骸はぺったんこ
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side》》東条夏瑪

この世界には光と闇がある。それは誰にでも見ることのできるものでもあるし、また見ることは出来ないけど確かに存在しているものもある。
“それ”の存在はまさに見ることの出来ないこの世の闇だった。否、見えないのではない。人々は“それ”の存在を知らない。だからみることもできないだけだ。

ーー“それ”はこの世に存在してはいけないものだーー

ずっとそう言われて育ってきた。「だから我等一族は武器を手に取り“それ”と戦うのだ」と。
誰もが見えない闇。だけど私は、私たちは違う。物心ついた頃にはもうこの世のすべてのものを見ることが出来た。「夏瑪ちゃん...変なのぉ、」なんて台詞、言われなれてしまった。

「どこに...、」

人気のない夜道を走る私の片手には警察官なんかが持ち歩いているでおろう黒いハンドガンがある。全力疾走をしばらく続けていても息が乱れないのは日々の訓練のお陰だと思った。
ーー本当の警察官が来る前に終わらせたいのに
ため息を吐き、すでに何発も銃弾を打ち出しているハンドガンのグリップを握り直した。銃刀法違反の法律はこの仕事をしている上で邪魔にしかならない。
これは“平和”のために必要な仕事だ。だけど万人に理解してもらえる仕事でもない。“それ”が闇であるように、“それ”を葬るためにある私たちも所詮闇に属するものにすぎない。「同族殺しだな」といったのは誰だったか。

「...ねぇ、妖。私と父さんがどうして“死眼の東条”って呼ばれてるか、知ってる?」

その先は行き止まりだった。暗闇の中、誰もいないように見えるそこに私は話しかける。だけど私はまっすぐ一点を見続け、追い詰めるように路地を進んでいく。

「東条家はね、代々同じ眼を生まれもってくる子供がいるんだ。その眼をもってる子供は有無を言わずにハンターにさせられた」

「どうしてだと思う?」とささやいた私に闇は何も答えない。否、そこは闇こようで、私にとっては闇ではない。
闇に紛れるように息を殺し、ハンターからすら隠れる妖に銃口を向けた。目の前で小さな女の子が息を飲んだ。
だけどそれはけしてかわいい幼子ではない。人を騙し、夢を喰う。立派な人に害をなす妖だ。

「まあ、教えるまでもないか」

コツン、と。時代錯誤な着物をきた幼子の額に銃口を押し付けた。「お願い...見逃して」と囁いた幼子に感じるものはない。

「妖として生まれた自分を恨め...っ!!」

それはほんの一瞬だった。頬を切り裂く邪気に身を翻し、間一髪で振り回された足を避けた。目の前を通りすぎた足首はズボンがめくれ、月の光に照らされて色白い肌が煌めいた。
妖をかばうようにたつその邪気は幼子とは比べ物にならないほど強かった。綺麗な髪を顔に垂らし、青い瞳をむけてくる少年に私はハンターをやって九年、はじめて“恐怖”というものを感じた。

「そこを...どいて」

「これ、立派な弱いもの虐めだと思うんだけど」

「妖を殺すのが、私の仕事だ」

心臓は今にも飛び出しそうなほど存在を主張していた。少年はゆっくりと私から目をそらし、自分の後ろにいる幼子に身体ごとむけた。
もう私には眼はむけられていない。それどころか少年は私に背すら向けている。なのに撃つことは愚か、グリップを握る手に力を込めることすらできない。乾いた音をたててハンドガンが地面に落ちるのを私はただ見つめていた。

「さあおゆき」

「っ待て...!!」

私が張った結界をいとも簡単に破壊し、少年は幼子を塀の向こう側に送り届けた。反射的的に伸ばした手は当然宙を描き、まばたきひとつの間に幼子の姿は目の前からいなくなっていた。

「待て...ねぇ、」

やっぱり少年の動きは一瞬だった。私のハンドガンを持っていた手と顎は少年の冷たいというには冷たすぎる指に捕まれていた。
まるで死んだような冷たさとは反してその瞳は熱っぽい。恐怖に固まった身体ではその指を振り払うことすらできない。ガチガチと音をたてたがる歯を食い縛ることで精一杯だ。

「ボクに銃口すら向けられないくせに」

少年の冷たい指が私の顎を、そして頬を撫でる。一瞬、本当に一瞬だけ、少年の青い瞳が怪しく輝いたような気がした。

「ハンターにとってボクたちは“獲物”...ねぇ。ならキミはボクの獲物って論理も通るよね」

「は...っ」

笑った唇の隙間から見えたのは白く尖った鋭い二対の牙だった。それが現すものなんてこの世にひとつしかない。人の生き血を喰らい、命をも奪う。だけど牙をたてた人間を同族に変えることもできる。

ーー吸血鬼は我等が対峙する妖のなかでもっとも危険な一族だーー

鉛のように重い身体に鞭をうち、少年の手を振り払った。後ろに飛び退いた私の手にはハンドガンが握られている。震える指をトリガーにかけ、震える手を無理矢理押さえつけて銃口を少年にむけた。

「キミはどうしてそこまでして武器を手に取るの?」

「...ハンターだから」

少年は何も言わなかった。音のない空間で見つめあい、どれほどたったのか。傾き出した月明かりに照らされた少年が微笑んだ。

「また会おう」

「っ...お前はここで私が殺す!!」

ひいたトリガーは思ったよりも軽かった。だけど銃弾が肉を貫く音が耳に響くことも、飛び散る赤い血をみることもなかった。

ーーボクは美風藍。また会おうーー

かわりにのこった柔らかい声に私は悔し紛れにハンドガンを壁に投げつけた。壁に食い込んだ銃弾の鉄屑の臭いが私の鼻を突き刺した。



(綺麗な瞳だった。だけどその奥には孤独しかみえなかった)

御題処:『神威 様』からgrotesque-10(01--その骸はぺったんこ)

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