氷点下世界。

□03--あの扉に続く足跡を辿って
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「掲示みたか!?」

「みたみた!お前どうだった」

「俺はーー」

「やばい俺このままだと憲兵団いけねぇよ!!」

「なに、お前憲兵なんて目指してたのかよ」

「これで二年連続だろ」

「私あと一歩だわ!!」

「お前に憲兵は無理だなー」

笑い声や叫び声。励ましや妬みをかわす声でいつもにまして騒がしい食堂のすみを俺たちは陣取った。壁に張り出された紙に群がる同期をみてアイリスが「くだらねぇ」といって配給された固いパンをかじり、「所詮はただの順位。意味なんてありませんね」とルーシーは彼らに目もくれずにスープを飲み込んだ。
訓練兵三年目まであと一週間と少し、ちらちらと送られる視線に気づいていないわけではない。それはもちろん俺たちは四人のうちの誰かにむけられているものなのだが、一度や二度ならともかく両手の数を越えるとそれもうっとおしくなる。舌打ちを繰り出したユンジェを「ほっとけよ。ただの妬みなんだから」とユンジェの分の配給パンを口にねじ込ませた。

「っうぐ!!」

「うわ、変な顔!傑作だぞお前!」

ぎゃはは、と笑い声をあげたアイリスを「食事中に下品ですよ」とルーシーが否め、むせ混むユンジェに水のはいったジョッキを渡した。

「...けど、気になんねぇのかよ」

「なにがだよ」

「自分の順位」

アイリスは機械的にパンを口に運んでいた手を止めて、あからさまに顔をしかめた。「お前本気でいってんのか?」と言ったアイリスはパンを持ってない手で俺を指して「あのなぁ、」とその指を回す。
掲示に群がっていた奴等はひとしきり騒ぎ満足したのかそれぞれ配給品をもって席についていく。そっちに一瞬目を向けてから俺は改めてアイリスの色ちがいの瞳をみた。

「順位を気にしてる奴等は用は自分が十番に入ってるのかどうかが気になってるんだろ」

「まあ、そりゃあ...そうだろうな」

「だけど私は憲兵なんかに興味はない。あいつらはクズだ。ゴミ以下だ」

「そこまで言うか?」

「言ってやるね」

鼻で笑ったアイリスの名前を呼んだのはルーシーだった。その顔は暗く、一瞬だけそこにまた他人の入り込めない“空間”が見え、俺は二人から目をそらした。
アイリスの言葉を聞いている人間は俺たちの他にいなかった。「ルーシー!」と声を張り上げ駆け寄ってきたナナバに答えたルーシーはもう“いつもの”パトルーシュカ・ハロルドの顔をしていた。
掴めない女だと思う。だからこそ自分は彼女から目が話せないのだとも思う。

「順位、見ましたよ」

「本当!?」といったナナバの声に重なった声は俺のほかに二つあった。「なんですか、三人揃って」と目を据わらせたルーシーに一番先に反応したのはユンジェだった。

「いや、だって順位なんてどうでもいいって!」

「誰も見ていない、とは言ってませんよ」

「いつの間に見たんだよ!!ずっと一緒にいたよな!?」

「ご飯を頂いた時にですが」

「あの一瞬で!?」

「ずいぶん長い間眺めてましたけど...?」

ユンジェだけでなくアイリスと俺にも淡々と返事を返したルーシーに何故か気力を奪われたのは言うまでもない。それは二人も同じだったらしく、一年目で総合一位になったナナバを歳の離れた兄弟をあやすそれのように頭を撫でるルーシーをただ見つめていた。
結局俺たちは自分の順位をルーシーからきいた。去年総合一位をとったユンジェを抜かして総合一位になったというのに全くもって喜びはなかった。

ーーあいつらはクズだ!ゴミ以下だ!!ーー

そのアイリスの悲痛な声が俺の頭を離れてくれなかった。夢に出てきた彼女の泣き顔に伸ばした手は届かなかった。



(彼女はいつだって謎だらけだ。そして傷だらけだった)

御題処:『神威 様』から氷点下世界。二十題(03--あの扉に続く足跡を辿って)

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