終焉を詠う少女への追憶
□第一話
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もともとの色がわからなくなるくらい血に濡れた外套が元の色に戻っていくのを何もせずに見ていた。自分の足元にはたった今この手で殺した巨人がいて、情けない顔をしている巨人は蒸気を立ち上げて蒸発しようとしている。
その大きな手元には土色の顔をしている同期の女兵士、アンヌがいる。まだ蒸発していない大きな手の隙間からは潰された彼女の内臓だったものや血が流れ出す。
「...無様ねアンヌ」
ーー無様ねコゼット!!ーー
もう遠い過去に思える訓練兵時代、彼女にかけられた言葉を私は死んだアンヌにかけた。成績は昔も今も私のほうが上だった。容姿だって、家の位ですら私のほうが上だった。それでもアンヌは女友達がなく、気づけば先輩の忌みものになっていた私を“無様”だといった。
だけど私は自分が“可哀想”だとは思わなかった。兵士である以前に女だというのに男に見向きされず、負け犬の遠吠えのように吠えることしかできないアンヌのほうがよっぽど惨めだと思った。彼女は娯楽に負け文句を、私は快楽を見いだした。それだけの話だ。
それに最近ではアンヌだって男に股を開いていることを私は知っている。結局は私もアンヌもかわらない、ただの女だ。そこに兵士という肩書きが乗っているだけなのだ。
もちろんそれがただの自分をなっとくさせる言い訳だと、ただの強がりだと気づいている。それでも私は私自身を無視することで自分を守っている。
「コゼット、生きていたのか」
「ご生憎様死んだのはアンヌのほうよ」
「君が生きていてよかった」
「冗談はやめて。寒気が走るわ」
頬に当ててきた分厚い手を払いのけても目の前にたつエルヴィンの表情がかわることはなかった。笑みを浮かべ、「素直じゃないな」という。同じ兵士で、同じように訓練しているというのに、やはり男のエルヴィンの体格には私の体格はにつかない。当たり前のことが腹立たしく感じてしまう。
「ほっといて頂戴」といった私のことをエルヴィンは見放さない。それをわかっていて私は彼を好きなだけ突き放す。“彼は絶対に自分から離れない”、そんな自惚れを抱いている。
「それにしても、同期が死んだっていうのに、ずいぶんと冷たいのねエルヴィン」
「君ほどじゃない」
「私はアンヌを助けようと動いたわ」
「彼女が握りつぶされるタイミングを見計らってか?」
「それは助けたとはいわない」といったエルヴィンを私は睨むでもなく、ただ深く息を吐き出した。その一言で私は彼が一連のことをみていたのだとわかった。アンヌの叫び声を聞いた私が馬で駆けつけ、すぐにアンカーを飛ばさずにあえて巨人の真後ろに回ってからアンカーを飛ばし...ーー違う。あれは後ろにまわるしかなかった。だからアンヌは私が殺したのではない。巨人に殺されたのだ。
それにくらべてエルヴィンはもしかしたらアンヌが巨人の手に捕らえられた瞬間からこの場にいたかもしれない。「ひどい男」とエルヴィンに向けた言葉は少しだけ形を変えて帰ってきた。
ーー酷い女だーー
「アンヌを殺したのは巨人よ」
「ああそうだ」
「私じゃない」
エルヴィンはもう何もいわなかった。かわりに私の短い鳶色の髪に指を通し、その手を私はやっぱり手で払った。だけどその手はエルヴィンの手に捕まれてしまう。
「今夜、私の部屋で酒を飲もう」
「アンヌのために」と囁いたエルヴィンの目に優しさなんてものはない。あるのは獣としての本能だけだ。
「...そうね、アンヌのために」
「待っているよ」
「生きて帰れたらね」
私の手を離し、馬に乗り込んだエルヴィンは一度だけ振り替えると自分の配置場所に戻っていった。その背中に向かって伸ばしかけた手を私は握りしめた。
ーーずるい男
エルヴィンにむけた言葉は誰にも届かない。私たち兵士の心臓は公に捧げたものだ。この身体も、命さえも、私のものであって私ほものでない。
「悲しいものね...」
アンヌをみて囁いた言葉は誰にむけたものでもなく、自分に向けたものだった。
(伸ばした手の先に救いなどありはしない)
(そうわかっているのに)
(何故手をのばすのだろうか)
お題処:『魔女の証言』より #終焉を詠う少女への追憶