RED MOON1

□華蝶
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(…………。)


この電波の先に在る黒い掌が、自分を所望していた。

しかし……安堵している。

何故なら、それは今こうして『護るべき者』を目前にしているという状態にあったからだ。

局長のあの言葉に、不安を抑え切れずに……僅かな時間の合間を縫って、彼の事務所へと足を運んだ。

珍しく忙しそうに働いているのを邪魔する事に些か気は引けたものの…… こうして無事である事が完璧に証明された時点で、酷く救われた思いがしたのだった。


「……今の電話、局長さんから?」

「ム……そうだが……?何か気になる事でもあるのか、成歩堂…?」

「い…いや、別に。そんなんじゃないんだけどさ……」


少しばかり元気がないのは、恐らく積もる仕事のせいだとは思う。

しかし…何か少し脅えるような雰囲気を見せるその丸い瞳が……何故か妙に気掛かりで。


「何か、悩み事など有るのではないか…?」

「え…?いや…別に…悩みなんてないよ。今、仕事がハードでさ…確かに少し疲れてるからそう見えるんじゃないかなぁ……」

「…そうか。ならば良いのだが……」


そう言われてしまえば、そんな様相にも見える。当の本人がそう言うのであれば、信じる以外に道はない。

確たるものが存在しない今は、彼を問いただす理由なぞ、ない。

それが逆に彼を脅かしてしまっては、護るどころか単なる『忌み言葉』と化してしまう危険性を孕んでいるからだ。


「では…私は退散するとしよう。君の事務所の閑古鳥を見れぬのが少し心残りではあるのだが」

「何か酷い嫌味だなぁそれ……まぁ御剣らしいんだけどさ」

「ム…その言葉もまた同様にではあるな…」


此処に来て、彼はようやくニコリと微笑みを見せてくれた。

その笑顔に救われる。
こうして訪ね来て、ただそれだけで癒され、とても嬉しく思う……。


「……御剣」

「?……何だろうか?」


ドアノブに手を掛けた時、不意に彼が私を呼び止めた。

……何故か不安が募る。
彼特有の、求めるようなその、声に……。


「いや……また、来てよ。次来る時は閑古鳥、見れると思うから」

「……フ……そうか。では何か手土産と共に観察に来るとしよう」

「うん、出来れば甘いものがいいなぁ」

「うム……では、失礼した……またな、成歩堂」


少しはにかんだ笑みに言葉を乗せ、成歩堂が小さく手を振る。

これは自己不安の為だと…そう自嘲しながら、その扉を閉めた。


(……時間であるな)


この扉を閉めた時点より……再びあの手の中へと舞い戻らなくてはならない。

このささやかな幸福が有る限り―――自分は、この永い夜にも堪え忍ぶ事が出来るのだから……。
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