PINK CAT
□sadstic night
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―――ホテル 内
3007号【PRIVATE ROOM】
PM.10:35
SPに連れてこられたその場所は、土曜の夜に使われる何時ものホテルの一室だった。
でもクライアントの姿はなく、曲名の分からないクラシック音楽だけが静かに流れている。
(何で僕は呼ばれたんだろう……)
通話の内容から、どうやらクライアントは今日の法廷を傍聴していたらしい。
でも、それはクライアント経由の依頼ではなかった。
僕を頼って来てくれた一般の依頼人だ。
(一般っていうのも、何か妙な表現だけど……)
クライアント経由の依頼は大概が企業絡みのものが多く、企業間のいざこざから起こった傷害事件だとか、利権騒動など……基本的に『穏便に済ませてくれさえくれれば』といったようなものだった。
その割に破格値の弁護料が依頼人となる企業から振込まれる。
本来なら有り難いと思わなくてはならない様な事なのだろうけれど、それらの仕事に携わる僕にはクライアントの『専属顧問』といった肩書が必ず着いて回っていた。
それが、此処で毎週繰り返される行為が関係しているかと思うと、それは実力ではなくて単なる虎の皮被りに過ぎないんじゃないかと悲しくなる。
望んで肩書を背負った訳じゃないのだけれど……
―――トン、トン……
広すぎる部屋の真ん中で突っ立ったままに考え込んでいた僕を、突然なノックが現実にと呼び戻す。
慌てて返事をすると、扉から『ルーム・サービスです』とボーイの声がした。
「ご注文の品をお持ちしました」
「え?……あ、どうも―――」
扉を開けると、土曜の夜の会食時に携わるボーイがニッコリとテーブルカートを押しながら室内に入ってきて。
何時ものテーブルにカチャカチャと手際よく並べたのは、ティーセット一式とコーヒーだった。
「巌徒様より、『もう少々くつろいでいて欲しい』とのメッセージを賜りました」
「あ……はい。わかりました」
「では、失礼致します」
そんなメッセンジャーまでも熟し、ボーイは丁寧なお辞儀をして部屋を出ていった。
ティーポットの中味は多分ハーブティーだから、コーヒーは僕にという事なのだろう。
(ゴドーさん……)
香りの強いハーブティーにも負けないコーヒーの芳香に、僕は彼を思い出して少しだけ笑う。
今は何をしていますかと―――届く筈のない言葉をそっと呟いて。
僕は椅子に座り、銀色のミルクポットからたっぷりと闇に白を注ぎ入れ、与えられた僅かな時間に彼の事を思い出していたのだった………。
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