BLUE CAT
□Tension
2ページ/7ページ
鞄の取っ手を強く握り締め、未だザワザワとする身体を落ち着かせながら窓のない廊下を歩く。
不気味な薄笑いを浮かべたSPの視線を背中に感じつつ、僕はこの先にあるエレベーターに向かっていた。
これから先の事を考えてしまうと、足は鉛のように重い。
(何で僕なんかを……)
日増しにその行為はエスカレートしてゆくばかりだった。相手が相手だけに、誰かに相談のひとつも出来ないまま。
僕の精神的な支えは、この建物内に居るあの二人。今は、中々時間が取れなくて疎遠してしまってはいるけれど。
たまに地裁で顔を合わせてさえいれば土曜の夜の事も、あんな悪戯をされても我慢出来る。
怖いのは、二人を失ってしまう事。クライアントは二人の上司だから何をするか分からない。
二人に要らぬ心配や迷惑を掛けたくない……状況が変わってしまったのは、臆病な僕があの書類にサインしてしまったせいなのだから。
―――カ…ツ…カツ…カツ……
沈黙する廊下から、不意に足音が聞こえて僕はビクリと身を震わせる。
その音は下階にと続く唯一の階段から聞こえてきた。
僕には直ぐその足音の主が分かってしまう。階段を使う人物で、このフロアに関係するとしたら―――
「!……成歩堂」
「やっぱり御剣だった、その足音」
僅か数メートル先のエレベーターに逃げ込む暇もなく、僕は懸命な笑顔を御剣に見せていた。
しかし御剣は驚きながらも、何時もなら緩む口元を歪ませ困惑の表情を浮かべている。
次に御剣が何を言葉にするか予想出来る分、僕は益々ややこしい笑みとなってしまっていた。
「何故、君がこのフロアに………」
「あ……うん、ちょっとした社会見学のつもりでさ……ゴメン」
御剣は鋭いから、僕はなるべく視線を逸らさずに答えた。
そして、何か言いたげな薄い唇が追求を漏らさない事を祈る。
嘘は嘘を呼び、不安という坂道を転がり落ちて行く雪玉のようだけれど。
それでも、貫き通したい嘘だから。
「……成歩堂」
「なに……?」
聞き返す僕の声は震えてしまう。
お願い、追求しないでと奥歯を噛みながら情けない笑顔を作る。
微かにさざめく口元に僕は怯えていた。
しかし……切れ長の眼は伏し目がちに僕を見据えて――――ふっ…と斜めに視線を逸らしたのだった。
.