BLUE CAT

□ラ・トラヴィアータ
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「アハハ!ベタなマンガみたいに驚くねぇ、なるほどちゃん」

「ぁ、ハハ……スミマセン……」


取り繕いの謝罪をして、仰け反った身体を起こそうと少し後退った。
でも、クライアントは後退した分だけ間合いを詰め、微妙な至近距離を保ちながらやっぱりニッコリと笑っている。

恐る恐る同じ行動を繰り返すけれど、クライアントもまた同じように距離を詰め───


「え……ええと……まだ、何か……」

「質問の答え、聞いてナイよ?」

「あ……じゃあ『もしも』、で……」


───身体を支えながら後ずさる手の先に、コツンと当たるソファの端。
後がない事に気付いた時には、万年筆のキャップを閉めるクライアントが際どい距離まで近付いていた。

そして今度はニイッと子供みたいに笑いながら、万年筆の先を僕の喉に押し当てる。
突然のそれに身を震わすと先端は喉を伝い、シャツの襟とネクタイを抜け、胸元でピタリと止まった。


「……『もしも』、なるほどちゃんが弁護士じゃなかったら」

「??え……───ヒッ..!」

「撃ち落とされずに済んだのかもしれないねぇ……」


再び動き始めた万年筆はシャツを滑りながらジャケットの隙間に潜り込み、胸の突起を器用に探り当てる。
刺激に驚いた腕は力を失い、身体はソファに沈み込んで、肘掛に後頭部を強目にぶつけてしまった。

それでも万年筆は位置を変えずに、そこばかりを執拗に擦り付けてくる。
痛くてむず痒いような感覚の中で次第に固くなる胸の先に、土曜日の様々な記憶が重なってしまい、ギュッと瞼を閉じた。

意味不明な言葉だとか、未だに理解出来ないこんな行為───逆らえば逆らった分だけ痛い目にあう事を知っているから、その先が訪れないことを僕はただ、祈るしかない。

クスクスと笑うクライアントの声を聞きながら、漏れ出しそうな自分の声を必死に堪えていると、反応を見せない姿に飽きたのか、刺激の元は懐からスッと抜けていった。


「じゃあね、『そして』を選んだ場合、どうなったと思う?」

「……わかりま……せん……」

「解らナイ、は答えじゃないなァ……『もしも』と『そして』は言葉遊びなのに、答えが無いんじゃ遊べナイ」

「え……?ぁ、や…ッ!」

「アハハ、減点いち!で……コレはペナルティー」


刺激から解放され瞼を開けた途端、万年筆の先は下肢の中心に向けられて、形をなぞるよう上下に緩々と動き始めてしまう。
胸を悪戯されている内に僕のそこも反応していたらしく、スラックス越しのこんな刺激にすら敏感になっていた。

そのうち偶に強く擦られたり、先端辺りをピタピタ叩かれたりと、与えられる刺激は徐々に増してきて。
熱病患者のような呼吸に乗せ恥ずかしい声までも漏れ出してしまい、僕は無意識のうちに『やめて』を言葉にしてしまう。

これはクライアントの地雷を踏んだのと同じ。
だからピタリと、その動きが止まる。

───同時にギュゥ…と、革の軋む音。
スローに首筋へと伸びてくる黒革の手は喉仏に触れ、冷たい指先が喉元に向けゆっくりと撫で下りてゆく。

ぶつけた後頭部の痛みと、これから先にある性的な悪戯の恐怖が交差して、僕の視界はゆらゆらと滲み始めていた。


「じゃあ、どうなるのか……聞かせてくれるかな?」

「ぅ……ぁの、ご…ごめんなさい……」

「ふぅん───謝罪がその答えなんだ?イイよ、別に。ああ、でもねぇ……」

「ぁ、あの…っ⁈ひゔ───ッ!!」

「ボクとは真面目に遊ばないとさぁ……後悔スルよ、なるほどちゃん?」


黒革の手は首を捉え、ソファに強く押さえ付けるようにしながら圧迫されてしまう。
呼吸を阻まれ瞼を閉じる余裕すらなくて、見下ろすクライアントの表情から逃れられない。

瞳孔が黒い穴のように大きく見開いて、クライアントが巨大な昆虫に見えた。
表情も感情も完全に失っているその顔が、僕を覗き込み、口元だけが何故か薄く弧を描いている。

酸欠の金魚みたいにパクパクと口ばかりが生理的に動く中で突然、コンコンと何かを叩く音がして、圧迫感が一気に収まった。

肺へ流れ込む空気に激しく咽せ込んで、堪らず身体を丸め込む。
『ン?ああ、ゴメンね?』と普段通りの声を残して、クライアントの気配が遠ざかっていった。




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