素敵な頂き物小説

□Der Freischutz.
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 ポイントは、ターゲットの出現が予測されるレストランの隣にあるビルの非常階段だった。
 遮蔽物が多く可視範囲が狭い其処は、狙撃には不向きである。
 しかしそんな場所を選択したのは自分で、文句をつけようにも相手がいない。
 柵からバレルが出るような位置に、バイポッドで愛用のSR-M110 SASSを固定した。
 スコープの照準を合わせ……あとはターゲットを待つばかり。
(――煙草、喫いてぇ……)
 冷たいコンクリートにうつ伏せたまま、神乃木は苛立ちを募らせていた。
 
 
 
  Der Freischutz. 〜Mein Schwarzes Katzchen.
 
 
 
 
{小便ちびってねぇか? レヴィ?}
 頭蓋を振動させて、からかうような通信が聴覚に直接送り込まれる。
 神乃木は、ぴく、と片眉を上げると、
〔アンタはテメェの仕事に集中してオレに構うな〕
 と、不機嫌もあらわに返答した。
 通信相手は今回のオペレーションでパートナーとなったスポッターである。
 スポッターは観測手、狙撃の命中精度を高める為に、気候やターゲットの状態を観察、分析してスナイパーにバックする役割の者だ。
 競技射撃しかして来なかった神乃木には、それまで不要な存在であり、ゆえに今も必要であるのかどうか、よくわかっていない。
 初めはいらねぇ、と突っぱねたが、ロングレンジは難しいから、と無理やりくっつけられてしまった。
(やっかいなお荷物押し付けられたもんだぜ)
 後頭部に埋め込まれたチップが、否応にも向こうの声を受信してしまい、うんざりしながらそのくだらない話を聞き流す。
 ――『D.Z.N.B.』戦術実践部門、『TPS』に配属された神乃木は、本来であれば一番下の階級であるTPS-4エージェントに叙される筈であったが、偶発的な出会いからマイスターとなった為に、TPS-3アドミニストレーターに昇格となった。
 所属は事前に聞いていたものと変わらず、アサシンを擁する特務部だ。
 神乃木は『TPS』で、アサシンの中でも狙撃に特化したスナイパーとして職務を果たしている。
 “レヴィ”と言うのは、神乃木のコード“レーヴェ”[Loewe]の愛称である。
 ドイツ語でライオン、という意味らしい。
 髪型がそのたてがみに似てる、とアルゲマインから直々に賜わったコードネームである。
 肌が浅黒く黒髪の神乃木は、ナイト-シティ・タイプのスナイパーに分類されて、今夜で3度目のオペレーションだった。
{温室育ちのお坊ちゃまを心配してやってるのに、つれないなァ、オイ}
 神乃木の国籍をあからさまに皮肉った通信内容に、堪えてた神乃木は舌打ちする。
 若いスポッターは米海軍でも相当な目利きで、またスナイパーをカバーする腕も高いという話だが。
(僻み根性の塊じゃねぇか)
 苛立ちは最高潮に達していた。
 メンタルバランスを欠くとコンセントレーションを持続するのが難しい。
 そうなると必然、命中精度は落ちる。
 神乃木は、本当に煙草が恋しくなり、『日本人』のレッテルは面倒くさい、と思ったのだった。
 日本という国は、相変わらず自衛手段の為の類似組織を有するのみで、明確な軍部は存在していない。
 PKOも後方支援ばかりであって、その軍事力は他国から遥かに遅れをとっている。
 銃刀法が厳しく他者の生を奪うのはもっぱら刃物であって、殺傷力の勝る銃に慣れ親しんでいるのは極一部でしかなかった。
 誰もが平和ボケした草食動物のようになっていた。
 21世紀に入ってから連続して起こったテロの影響で、政府は外国における日本人の生存措置にかしましくなり、国際協力についてもかなり限定するような流れが必然的に起こっている。
 今回の神乃木のような、特殊組織への日本人の派遣は稀な事なのだ。
 皆、命は惜しいし、仕事は楽な方がいい。
 日本人である、というだけでリスクの低いオペレーションに宛がわれるなど、様々に優遇される神乃木への妬みは、神乃木が思っている以上にエージェントの内部に蔓延していた。
 その上、組織の要であるティーアのマイスターとなって、階級も自動的に昇格してしまった。
 大したスキルもない日本人がマイスターとなったばかりに、アドミニストレーターの地位について自分たちを指揮するのは面白くない事だろう。
 二人しかいないのをいい事に、この元米海兵が上官である神乃木を小馬鹿にして鬱憤を晴らそうとするのも無理は無い。
 
 とは言え、スポッターがスナイパーの足を引っ張るなど、言語道断である。
(だから他人と組みたくねぇんだよ……!)
 足跡の残らない特殊ゴムを持った長靴の爪先を、苛立ちを払うようにコンクリートに打ち付けた。
 通信を強制遮断できないとわかっていて、つらつらと陰湿にスポッターは嫌味を述べ続けている。
 その内に調子付いた嫌味は、
{アンタのCock縮み上がってんじゃねぇか? Saturday night specialかい?}
 などと、下世話な方面へ転じていく。
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