RED MOON1
□例えそれが愛と呼べなくても
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― @5『例えそれが
愛と呼べなくても』―
聖夜の朝―――残されたのは下肢の痛みと、白い封書だった。
【Merry Christmas―――It's "crazy show" for your steps……】
その複写書面の下に、局長の文字が記されている。そして、その僅か上にある署名箇所には……滲むインクの筆跡が、痛々しいままに残されていた。
【契約者名:
成歩堂 龍一】
御剣は所々裂かれたシャツを羽織り、簡易的に身支度を 整えながら朝焼ける窓辺に佇んだ。
大地を覆う一面の白を、菫色に染め上げる空は、雲ひとつなく澄んでいる。
(君は…今頃まだ夢の中であるだろうな――)
そんな世界で、我ながら不思議な程に平静な気持ちで、その事実を受け止めている自分。
「確かめなければ……」
そんな独り言を呟いて、封書を懐にしまい込む。
―――正確には知り得ないが、大体の想像はついた。
局長は、目的の為ならば誘拐さえも平然とやってのける『力』がある。生命を脅かす脅迫ぐらい、幾らでもやるだろう。
そこにどんな出来事があり、魅入られた彼自身にはどんな心の葛藤があったのか。
(きっと……救う事は出来る筈だ―――)
両手で顔を覆い、そう自分に言い聞かせる。
指先が氷のように冷たかった。
(―――成歩堂……)
高い壇上を横切りながら、御剣は再び凜とした眼光を浮かべた。
今は何の論理も無い。
やらねば為らない事を成し、自分自身の道で彼を救うだけ、と。
父の亡霊に逢った室内からの去り際に、ふと、幼年期に父から聞いた言葉を思い出した。
それは、確か小学生の頃――宿題として出された 『自分の姓名の意味』を両親から聞くというものだった。
…父は言った。
『昔、一人の【怜悧】な【侍】が勇敢な行為を取ると神に誓った。彼の心には善行しかなかった。彼は弱き者を助ける為に【御前】の【剣】を振るう。彼が口にするのは真実の言葉だけ。彼の怒りの激しさは悪をも退治する―――』
自分はそれを誇らしげに級友達の前で発表した。そして、『父さんのような立派な弁護士になりたい』と……。
(――そう、在りたかった……)
メビウスの輪のように捩れてしまった運命。
それに身を委ねた自身は、諦めとごまかしだけを数え切れぬ程繰り返してきた。
昨夜はその贖罪であると―――。
ならばせめて……己の懺悔録に『この名に誓う』と、書き残す。
御剣怜侍は、魂の『死』を選ぶ―――彼がこの『闇』から、再び地上へと舞い戻る為の礎になる…と。
御剣は執務室のプレートを『在室』にと変え、その誓いを胸に秘めながら、朝日の差し込む室内へと身を滑らせたのだった。