RED MOON1
□夢から醒めぬ夢
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『夢から醒めぬ夢』―
朧げな記憶の片隅に、あの夢のカケラが眠る。
あれは夢、だった。
夢だと、信じている…。
『罪』を償った数時間後――勅命された通り、御剣は県警へと足を向けていた。
分厚い書類の眠る封筒からは時折、嗅ぎ馴れたコロンの薫りが車内空調の風に乗り鼻腔に届く。
その数時間前に存在していた支配者の移し香を消す為に、少し強めのヘアトニックで頭髪を整え出た。
少し痛む下肢は甘い金木犀の香りが抜けぬままである。
(金木犀……か)
その花を使い、甘い香りを漂う洋菓子があったと。
そんな事を思い出してしまい、御剣は口元を緩ませた。
(次に訪ねる時の菓子折りなぞ連想するとはな……)
支配者の好む薫りも、自身にはそぐわない整髪料の匂いも、下肢に残る罪の残り香さえも―――何ひとつとて、喜ばしいものではない。
彼と交わした、他愛のない日常の…ささやかなその『約束』に、何か救われる優しさがあって。
贖罪を越えたばかりの今、それでも彼を思うのかと、少しばかり自嘲していたのだった。
しかし――――
(……忘却出来ぬのは何故だろうか…)
一片のそれだけが、未だシノプスに燻り続けていた。
疲れているだけであると、そう思っては、いる。
ただ、それが自身にとっては極めて重要なものに繋がるだけに……軽視するまでに至らなかったのだ。
(厳徒局長………)
その深淵たる思慮と、絶大なる権力で―――闇の総てを嘲笑う、支配者。
師から手放され、その漆黒の世界をあの膝元で垣間見てきた。
…それが厄介にも、その朧げな夢の一片を不安へと助長させている。
冷たいガラスを流れる、冬の雨の中。
雨粒滲む消えかけたページにのような街を擦り抜けながら、スープラは滑らかに疾走していった。