RED MOON1
□老人と海
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―#5『老人と海』―
「――承知しました。では、本日6時に。」
「ン。じゃあ迎えに行かせるから。」
組まれた指の間に挟まれたエクスタシーから立ち上る紫煙が、ゆらりとキミに纏わり付く。
今日もまた隙の無い…完璧な出で立ち。
少しばかり疲れたような表情は恐らく、一昨日の些細な悪戯に苛立ったケモノが原因だろうと思っている。
深々と腰を折る、その几帳面な礼儀正しさ。
狩魔クンの躾は完璧だ。
「ああ、カジキマグロの夢を追い掛けたのは…誰だったかな?」
「?――恐らく…ヘミングウェイ…『老人と海』ではないか、と…。」
ボクの唐突な質問にキミは少し眉根を寄せたけれど、やはり完璧に答えを示した。
「やっぱりキミは賢いねぇ…うん…実に、イイ」
「……恐れ入ります」
その凛とした表情は、『プライドの壁』といった感じ。それを打ち砕いてしまうと、キミは一気に脆くなる。
脆く崩れ落ちる時の、あの艶かしい姿がとても好きだ。逆らえず、身悶えて、溺れてしまう、その姿が。
「そんな気分かな…今夜は。じゃ、宜しくね」
「……は。」
再び一礼して部屋を出るキミを見て、多分ボクは酷く悪戯気に笑んでいたに違い無い。
自然と歪んでいた口元を、キミは見ていたかな――?
自室へと戻り、少し物憂げに椅子へと凭れ掛かった。
もしや、という『不安』があった。
(―――海……)
連れられる先を告げられ無いのは、あの頃以来で。
『Doll』として身を削った時代。それと全く同じパターンだったのだ。
(……被害者意識も甚だしいか…)
何れにせよ――何事も無い筈はないと思っては、いる。
ただ、それが『譲預』となる事にだけは恐怖していた。
些細な運命の、些細な歯車で在るだけならば……何をされても耐えうる自信はあった。
何故なら、それは己が持つ高いプライドを崩壊させた唯一の人物だったからだ。
それ以外は……認めたくない。
だからこそ、今もなお耐えられるのだから―――。