PINK CAT
□swim
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キミにボクの鍵を
そっと差し込んで
秘密のダイヤルの
目盛りを合わせよう
―『swim』―
「今日は少し寒かったねぇ、なるほどちゃん?」
「あ……はい…」
「ボクは白い綿毛もスキだなぁ……空から墜ちるモノは、沢山の色があるからねぇ」
雨降りの水曜日、此処はリムジンの車内。
今日僕は、珍しく普通に…クライアントの顧問弁護士として役目を果たした後だった。
【なるほどちゃんも、此処に通うコトになるからね―――】
新設されたばかりのグランドホテルの一室を年間に渡り貸し切るという、ブルジョアならではの『賃借契約』を結ぶ為に僕は同席した。
クライアントが提示する案とホテルオーナーの条件案を聞き、その合意内容で契約書を作成、この契約に於ける互いの印を結ぶ『見届け人』となるまでが僕に与えられた『仕事』だったのだ。
今日のように普通の仕事だったなら、この冷たい雨に打たれても憂鬱さを感じる事はないのに。
黒革の冷たい手に肩を掴まれ引き寄せられただけで――ああ、またかというそれが……僕の気持ちを深く沈めてしまっていた。
「残った時間、勿体ないからさ!少し泳いでいこう?」
「あの……寒いですから……風邪ひきますし止めた方が……」
「じゃ、カラダが暖まるプールにしよう!」
「え……??」
「予定変更、だね」
車内の前後を区切るスモークガラスを指がリズミカルなノックを数回繰り返す。
不思議なリズムのそれを済ませたクライアントはシートに再び深く座り直して、また僕を引き寄せた。
「都合の悪いコトなんか、みんな忘れちゃえばイイんだけどねぇ……時間だけはボクに冷たいんだ。決して待っててはくれナイから。」
「………?」
「だからボクは、カーニバルを待つ少年のように少しでも愉しんでいたいんだよ?なるほどちゃん」
延ばされた冷たい黒革に頬を包まれ、親指が耳たぶを擽る。
僕がプルリと身体を震わせるとクライアントは愉快気に笑い、頬から手を離した。
「フィルムの中でキミは唄い、紺碧の記憶が踊り出す……」
今度は右手を取り重ね合わせると、何をされるのかと些かビクつく僕に、最上の笑みを見せたのだった。
「連れ戻そう――英雄がマダ、空の上に居た頃を……」
「………???」
ただひたすらに、疑問苻ばかりを浮かべると。
また、ガラスの壁からノック音がした。
「ま、イイや!じゃ、行こうか!」
「…う……あ、ハイ……。」
曖昧模糊な返事をするのと同時に、外界へと開かれたドアの先は。
(あ……アロマバス???)
話しの先のが見えないばかりではなく――その施設に嫌な余寒を感じて。
傘を持ち佇むSPを少し恨めしそうに見ながら、またもや手を引かれ、その内部へと入って行ったのだった。