PINK CAT
□過剰投与
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―#6『過剰投与』―
――そして。
ゴドーさんはバーに姿を見せなかった。
幾度となくコールしたけれど、一向に繋がる気配はなくて。
それを不審に思った御剣が、ゴドーの執務室直番にまでコールをしたが…やはり不在だった。
「全く……何をしているのだ、あの男はッ!!」
「い…いやいや、何か急な用事が出来たんだよ…多分…」
一目でも姿は見れたのだし、僅かでも会話は出来たのだし、彼特有の甘い囁きも聞けた。
それに御剣とこうしてグラスを傾けるのも久しぶりだ。
彼に『逢いたい』という当初の目的はとうに果たしていたのだから、それだけでも充分だと。
…けれど、気に掛かって仕方ない事が――ひとつ。
(……あの時、一瞬だけ……)
キスを奢られる―――今でもその瞬間を思い出す度に頬が熱くなるのだけれど。
――それを『懐かしい』と感じてしまう程に……今の僕は、あのクライアントの掌に振り回されてしまっていた。
だからあの時――僕は、そのニヒルに笑む口元の行く先を、ギリギリまで見ていた。
ジプシーと珈琲の薫りがフワリと近付く刹那の刻。
その近付く唇が、そんな薫りと甘い囁きを乗せて重なりかけた時に―――
(……凄く驚いたって時の…口元だった……)
ゴドーさんは余り、自分の本心を表出さない人だ。
彼の背中を追い続けて、そんな心の傾きを漸く判断出来るようになっていた。
そんな彼の僅かな変化――それに対しての、とてつもなく嫌な…予感を―――
(……もう、考えるのはよそう…)
考えたら考えただけ、不安ばかり募るだけだ。
―――知られたくなかった。
こんな事になって、それを未だ繰り返している自分を。
僕は、昔の僕をも演じるしかない。
素知らぬフリをして、気付かれないように。
知られたくはない。
嫌われたくはない。
彼に、だけは――――。