BLUE CAT

□止めてください
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マスターキーで開けた御剣クンの執務室。
早朝から神ノ木ちゃんと直に県警へ出向するとかで、本人不在の見慣れた室内が広がっている。

昔は狩魔くんの執務室だった此処も、今じゃ随分と内装が変わった。
変わらないのは壁にある一枚の絵画くらいだ。

それを暫く眺めた後、手にした書類を卓上に置き、ボクには少ぉし小狭い椅子に腰掛けてみる。
其処から室内を眺めてみても、あの当時の思い出に浸るような気分にもなれなくて、頬杖の先にある書類の文字を追ってみた。

手直し必須な定例議案は、神ノ木ちゃんが作成したモノらしい。
ダイレクトにボクへ提出されたソレは、御剣クンを経由していないお陰で、愉快な持論満載の代物になっている。

慣例化された会議なんて生真面目過ぎてもツマラナイし、我の強い主張ばかりでは単なる独演会に成り下がってしまう。
提出された其れ等にセンターラインを引き、飽きず懲りずな討論に持込める様な内容へと導くのが、ボクの仕事みたいなものだった。

こんな地位に落ち着いたのは色々と面倒事が重なった結果に過ぎないけれど、敢えてソレに乗る未来を選択したのには理由がある。

狩魔クンを失墜させ、最終的にはボクをも追い詰めた、あのコ。
アオくて青いココロを持つ、無垢で純粋な蒼。



───トン、トン!



繰り返される歴史は実に、悲劇的な喜劇だ。
創造したボクの箱庭に足りナイ色をキミは持つ。


「おはよう御剣!ね、今度の連休なんだ……け、ど……ぉ⁉」

「やあ、なるほどちゃん!朝から元気に泳いでる?」


元気なノックを響かせて、お邪魔も吹っ飛ぶ勢いで開いたドア。
その無邪気な笑顔に右手を挙げて微笑むと、途端にビデオの静止画みたいな硬直を見せ、まぁるい目が右に左に忙しなく室内を泳いで、執務室の主を探している。


(『在室中』にしておいて正解、だったねぇ……)


少しずつ後退るなるほどちゃんにニッコリ笑って、ボクは立ち上がった。
卓上の時計から逆算して、残された自由時間は30分。

今日のボクはハンターじゃなくて、空を見上げるロン・サム・ジョージ。
なら今日のキミは、砂浜にひょっこり現れた臆病なスナネコだ。

これは絶滅危惧種同士の、偶然で愉快な出会いの一場面。

だから今は───遊ぼう、ボクと。




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【止めてください】
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シルバーウィークを間近に控え、三人で秋の行楽を満喫しようと考えたのは昨日の夜。
思い立ったが吉日な僕は、通年閑古鳥の事務所を華麗にスルーして、早朝から検事局に立ち寄っていた。

今年は連泊出来る旅行をしてみたいとか───いやいや、秋の夜長を楽しめるアウトドアなんかも捨て難いなぁ……と。
万年暇人な僕はそんな事を考えながら、万年多忙な二人にどう話しを振ろうかと悩んでいた。

ゴドーさんは間違いなく二つ返事でOKしてくれると分かっている。
検事局内で『遊びのホームラン王』という異名すらある彼は当然、遊びの誘いに対して寛容だからだ。

そうなると結局は、親御さん的な御剣が首を縦に振らないといけない訳で。

僕の中で『歩くスケジューラー』の異名を持つ御剣に、シルバーウィークをさり気なく主張して、妄想で行く秋の行楽を話題にして、最終的に少し我が儘を加えて承諾を得る───といった作戦なんかを立てていた。


(よし!頑張るぞ、シルバーウィーク!)


『在室中』のプレートを指差し確認して、気合いを込めたノックを二回。
ノブを回し入廷以上の気合いを入れて開いたドアの先には、低血圧の色濃い無理な笑顔を浮かべる御剣が…………


「おはよう御剣!ね、今度の連休なんだ……け、ど……ぅ⁉」

「やあ、オハヨウなるほどちゃん!朝から元気に泳いでる?」

「ぉお……おはよう、ござい、マス……」


…………居なかった。

その代わりに局長さんが何故か机に居て、ナチュラルに独特な挨拶をするものだから、これはもしかしてドッキリの類いなんじゃないかな?と。
早朝からの濃い遭遇劇に危険を感知した脳内では早速、現実逃避バラエティー特番が放映されてしまう。

固まった笑顔と冷や汗と後退る脚。
満面の笑みを浮かべつつ、窮屈そうに立ち上がる局長さんが、おいでおいでとホラー張りに手招きをする中で。

いつの間やら廊下に登場していたSPにドアをバターンと閉められてしまい。
やっぱりこの人は苦手だと思いながら、これは行方知れずの御剣が悪い等と責任転嫁までもして。

結果的にシルバーウィークより敬老の日が先発されてしまい、暫く重い汗を垂れ流し続けたのだった……。





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