BLUE CAT
□Androphobia
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誤解の日々を
忘れなくてはいけない
失われた時を
忘れなくてはいけない
『どうしたら』を知りたくて
失われた、あの時を……
―『Androphobia』―
目まぐるしく過ぎる時間にせき立てられ……気付けばもう年末が近かった。
去年の今頃はアパートや事務所の賃貸料の金銭関係に頭を悩ませていた。
ところが今年は、金銭関係は全く問題が無くなっていて、代わりに酷く厄介な症状を抱える羽目となってしまっていたのだった。
「お!忙しそうッスね!アンタ!」
「―――!!!」
県警で、とある資料を集めに来ていた僕を見付けた糸鋸さん。
彼にとってはごく自然に――別に何て事はない挨拶をしただけ。
だけど僕はといえば、掌に脂汗をかき、少しばかり蒼白になってフリーズしてしまっていた……。
「??どうしたッス?なんか顔色が悪いッスよ…?」
「あ……い、いえ!何でもないですよ!じゃ!」
無理にヘラッと笑いながら、僕は急ぎ足で糸鋸さんから離れてゆく。
彼が肩にポン、と手を乗せられただけで…僕は酷く緊張してしまったのだ。
(参ったなぁ……)
それは糸鋸刑事に限った事ではなく、『男性』に触れられると恐怖感が湧く事が要因だった。
それは――あのクライアントの専属顧問となってから。
あの手に脅かされ、それが性的行為となってから……僕は知らず知らずの内に、『男性に触れられる』事を酷く怖れるようになってしまっていた。
脳裏に焼き付いた、あの恐ろしい表情や。
嘲笑う中で与えられてしまう、あの精神までを滅ぼすような『快楽』が、僕をこんな風に変えてしまったのだ。
(何で僕が………)
急ぐ歩みを止め、かかえた鞄をギュッと抱きしめた。
バクバクと高鳴る心音を鎮めるのにも時間が掛かってしまう。
(何故、僕が……僕だけが―――)
世界中の悲しみを独占したみたいに、何故、何故だとばかり繰り返していた。
鬱的な殻に閉じこもった病人の虚ろさを、今の僕は抱え込んでしまっている。
泣いても喚いても……あの時間はキッチリと訪れて。
その度に僕を自失する『殻』は厚みを増す。
周りの物全てが色あせて崩れ落ちそうな錯覚を感じてしまいながら……僕は軽く頭を振って、金曜の街並をまた独り歩き出した。