BLUE CAT

□ラ・トラヴィアータ
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「アハハ!さぁ、どうだろうねぇ。ソコは、ホラ……まだ開発中、だからさ」

「……ャ───ヒッ...!」

「未開ならば尚更に愉しみですよ……打算做完为怎样的玩偶吗?(どのような人形に仕上げるおつもりで?)」

「不是做完,创造改变(仕上げるんじゃナイ、創り変えるんだ)───ね、なるほどちゃん?」


そう耳元で囁かれても中国語なんて分かる筈も無いし、今は自分の事だけに精一杯で問いに反応する余裕すら無い。
遂にはもう片方の手まで伸び、懐も弄られてしまっている。

後数行なのにキーを押す指先まで震えてきて、額から汗まで浮かんできて。
対面から舐め回すような視線を浴びながら、ずっと押さえてきた声が弾む息に乗り、土曜の夜と同じ甘声を漏らしてしまっていた。


「ァ……ンンッ……ゃ……ャ、だ、ァア……」

「ウン……あとチョッピリ待てば出来上がりそうだねぇ」

「私の方ならばお気になさらず……ゆっくり作成してくれて結構ですよ、弁護士さん」

「も……ッァ……ゆ、る……シ……ンンッン……!!」

「ほら、オシゴト終わらせナイとさ、ずぅっとこのままだよ?」


シャツの上から胸の突起をキュッと摘まれ、万年筆の先とは違う強い刺激が脳天を痺れさせる。
スラックス越しにも形が見て取れる位になってしまった僕を、黒革の手は摩るように上下する。

敏感な部分だけをピンポイントに刺激され、腰の奥が更に疼き始めてしまい、残る最後の自我すらも崩れかけてきて。

最後の区点を押すと同時に喉笛が鳴り、弾け飛ぶような解放感と、インナーに広がる生温い液体。
身体を数回震わせて、視界がボンヤリと滲む。

もうどうでもいいとすら思える程の脱力感と無常感。
時間と共に冷えてゆくインナーばかりが現実を感じさせていた。


「……ン!イイね、コレでおしまい!」


突然、クライアントがポンポンと手を叩く。
同時にスッと距離が離れ、一体どちらがお終いなのか一瞬戸惑ったけれど。


「では、此方にデータを頂けますか?」

「ぁ……ああ、はい」


対面から伸びた手がディスクを差し出して漸く、それが元々の仕事を意味していた事が分かって、僕は慌ててディスクを受け取った。

PCに差し込んだディスクはカタカタと音を立て、先程までの空間を一掃する。
データの保存を終え、再びディスクを取り出した頃には、クライアントと来客の小難しい話が聞こえてくるだけになっていた。


「……すみません、お待たせしました」


会話が途切れたタイミングを見計らい、来客の前にディスクケースを滑らせる。
これで漸く此処から解放されると思いながら。

そんな気の緩みを見透かしたように、来客は差し出したディスクケースに手を触れず、伸ばした指先を僕の手に重ねてしまう。
不意のそれに驚いて一瞬身を震わせると、指と指との間を撫で上げながら、何やら囁きかけてくる───


「你将成为一个好玩偶(君は良い人形となるでしょう)……接下来我想在床上看到你(次はベッドの上でお逢いしたい)」

「……ぇ、あ……あの……?」

「これは失礼。宜しければ名刺を頂きたいのですが?、と」

「……あ、はい。気付きませんで───」


名刺をと言われ、手を引っ込める理由が出来て内心ホッとした。
妙な含みを感じさせる中国語だけれど、その内容までは分からない。

素直に名刺を差し出すと、謝謝、とだけ言葉にして僕にも名刺を手渡してくる。
名刺は中国語で印字されていて余り良く分からない……漢字の並びから、華僑の貿易商らしい事だけは分かったけれども。


「では、私はこれで。この御礼はいずれに」

「ああ、気にしないでイイよ。キミの大人(タ-レン)には色々と世話になってるからさ」


来客が扉に向かい、クライアントはバイバイと子供みたいに大きく手を振る。
そんなやり取りを眺めつつも、僕はそそくさと鞄にPCを仕舞い込み、帰り支度を進めた。

立ち上がろうとして、テーブルに手を付いた。
屈むとインナーが冷たくて、あれは現実にあった事なのだと無言の主張を感じさせている。

……でもそれは単に、仕事の『おしまい』だったらしい。
掴まれた手首は濡れたインナーよりも冷たくて、僕はゴクリと生唾を飲む─────


「If “ifs” and “ands”♪Were pots and pans ♫There would be no need for tinker!」

「───!!!」

「さぁ……今度はどっちがイイのかなァ、なるほどちゃん……?」








───End.


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