BLUE CAT

□ラ・トラヴィアータ
3ページ/4ページ



───突然な音の正体はノックの音だった。

局長室のドアは特殊な材質で作られているらしく、一般的なドアのノック音とは響き方がまるで違う。
部屋自体が完全防音だとは聞いていたけれど、ならば当然、ドアにも防音素材が使われていたというだけだ。

それは来客の知らせだったようで、僕は慌てて身を起こし、スリープモードに切り替わってしまったPCの前に移動する。
軽い会釈と何も無かったような表情を無理矢理作り出して、画面を復帰させた。


「やあ、久しぶりだねぇ。イロイロと調子よく泳いでる?」

「お陰様で。此処でも良いビジネスが出来そうです───ん?おや、そちらの方は?」

「ああ。このコはボクの顧問弁護士だよ、専属のね。いま例の書類、作って貰ってたからさ」


僕は書類作成を続けながら聞き耳を立てていた。
早朝から拉致軟禁された理由は、この来客に渡す書類の為だったらしい。

改めて手渡された原書を読み返し、僕が打ち込んだ文面とを照らし合わせる。
丸めてポイ的な『破棄』とは、華僑街と呼ばれる町にある建物の物権契約についてだった。

建物の所有者に対し、賃貸する側の契約条件が合致しない等の理由に僕が法的根拠を含ませた文章を組入れて、当初の契約を破棄し新たに物権契約を結ぶ───そんな内容の書類。

甲乙欄の名前はいずれも中国人。
日本語で話す来客に渡すのなら、この人は華僑の方だ。

でも普通こんなビジネス系の書類なら、わざわざクライアントを介し頼む必要なんて無い。
ということは、普通の弁護士には頼み難いものなんじゃないかなと思う。


(もう……僕は普通じゃないのかな)


そんな事を考えつつも、兎に角この書類を仕上げて渡し、早々に此処から解放されたかった。
再び隣へ腰を据えたクライアントは僕の太腿をポンポン叩きながら、対面の客に着席を促したからだ。

来客の相手をするのなら、もう少し距離を置いて話した方がいいに決まっている。
……なのに、またもや触れ合う程の至近距離に加え、膝に乗ったままな黒革の手。

やがて小難しい世界経済の話が始まると、完全に僕は蚊帳の外となっていた。
それに安心して再びキーを叩き続けたけれど。

膝に乗る手が撫でるような動きを始め、またもや緩々と太腿付近に移動してきたのだった。


(ちょ…来客中なのに……!)


素知らぬフリをして必死に画面へ食いつくのだけれど、冷たい感触を乗せた手は更に太腿の内側を探り始め、遂に堪え兼ねた僕は少しだけ身体をずらそうとした。
その途端、クライアントの脚が僕の片脚に絡み付いて引き戻され、逆に脚を開くような姿になってしまう。

これには流石に慌ててしまい、今度は東アジア情勢について語り続けるクライアントへ咄嗟に目を向ける───それが間違いの元だった。

薄笑いを湛えた横眼が僕を見下げていたからだ。
視界の中にある対面の客もまた同じ様に、相槌を打ちながらも視線は僕の方にと向けられている。

瞬間的にザワリと鳥肌が立つ。
見てはいけないものを見てしまった……そんな後悔が身体を震わせる。


(なんで……何で、こんな事を…………)


顔は正面を向き対話を重ねていたけれど、その眼はずっと僕の姿を捉えていたらしい。
どの辺りから抵抗するかを観察しながら、僕が此方を向く瞬間を狙っていたのだ。

視線が合った時点で行為は更にエスカレートして、黒革の手は内腿を伝い、下肢の中心を弄り始めてしまう。
布越しの刺激に加えて、見知らぬ他人に性的なそれを眺められている───結果的に土曜の夜と同じ、惨めな僕の出来上がりだった。

羞恥心と布越しの刺激に苛まれ必死に声を噛み殺すけれど、時間が経てば経つほど我慢にも限界が来てしまう。
じわじわと腰の奥が疼き始めてしまえば、飲み込みきれない声が漏れ出してくる。

それでも、指先は何とかキーを叩く。
出来ましたとさえ言えば、僕は解放される筈だから。


「ゃ……ンンッ……」

「──だからね、近隣諸国の介入も難しくなって来てる」

「ええ、仰る通りです。然し我々とて指を咥えて眺めている訳でも無い。投じた対策は着実に成果を上げて……いますし………」

「ん、っ……ふ……」

「ン?何か、疑問でもある?」

「いや……疑問と言うよりは───」


途切れ途切れに情けない声を漏らしつつも、何とか後数行で終わるという辺りで。
会話の中に妙な言葉を耳にして、僕は少し怖くなる。

……それは、対面の見知らぬ客が口にした『興味が』という一言だった。




.
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ