R-Dream

□悪戯-After side:M-
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 クイックマンが戻ってきて数分後。
特に会話をするでもなくメタルマンと田中は隣り合ったまま、そこに座っていた。
 先ほどの警告からすっかり田中は大人しくなり、ロボ桜の文字を指でなぞったりしている。
 焼き物特有の素焼き部分のざらざらとした感触と釉薬のつるつるとした異なる感触を指で感じ、楽しんでいた。
 すべりの良いポイントを発見するとそこを集中的に触ってしまう。
 しかし考えるのは先ほどのこと。
 あえて突っ込むことはしないがクイックマンの汚れなどは恐らくフラッシュマンのものだろう。
 その証拠に先ほどから彼の姿が消えている。
 エアーマンやバブルマン、メタルマンがどうやってロボ桜を飲んでいるのかということとよりは気にならない

いや、気になる。

 しかしありとあらゆる意味で聞いてはいけないような気がするのも確かなのだが、先のやり取りの真意を知らない田中は何故フラッシュマンに近づいてはいけないのかが解せない。
 一人百面相をした後、いかにも恐る恐るといった体で傍らのメタルマンに尋ねた。

「1mも近づいちゃ駄目?」
「駄目だ」

 むう、と唸るがここで諦める田中ではない。
 尚も食い下がる。

「なら2mは?」
「駄目だ」
「じゃあ3m」
「最低でも5mは離れろ」
「何で?」
「何でもだ」

 要領を得ない返答から教える気が無いことを悟ると尋ねるのをやめる。
 結局フラッシュマンに近づいてはいけないということを再確認しただけに終わってしまう。
 再び手持ち無沙汰になった田中はふと既に空になっているメタルマンのグラスに目をやった。

(美味しそうに飲んでたなあ…)

 ロボ桜とグラスを交互に見つめ、腕を下ろし

「…美味しいのかな」

 とつぶやいた。
 ロボ桜はどう見ても酒瓶である。
 料理酒程度は基地内にも置いてあるが、田中は酒蒸しやその他料理にしか使わない。
 蓋を軽く引っかいていると横から赤い手が伸びる。

「ヒトの飲むモンじゃ無いぜ」

 そう言うなりメタルマンは田中からひょい、と瓶を取り上げた。
 ゆれる液体の反動とちゃぽんという音にまだ中身が残っていることを確信すると、嬉しそうに目を細めた。

「お酌くらいするよ?」

 ロボ桜に手を伸ばすが、瓶に届く直前でまたひょいとかわされる。
 遊ばれているのだろうかと思い表情を伺うが、いつもの意地の悪い笑みを浮かべているわけでもない。

「?」

 怪訝に思いメタルマンを見上げる田中、目が合うと一瞬怪しい光が彼の目に映った。
 視線は逸らすと、ぼそりと何かをつぶやいた。

「…か」
「うん?」


「教えてやろうか」


 何を、と問う間もなかった。
 言葉を発するため開きかけた唇、触れたのは無機質な感触の、それ。

 目の前、すぐ近くに映るのはさっきまで会話をしていた相手で―――

 田中は目を見開き、ただ呆然としていた。
 少し冷たい感触はマスクをしているからで、眼前にあるのは彼の武器で。

「なに、を」

 この男は何をして、いや、言っているのだろう。
 呆気にとられている間に唇は離れ、互いに先ほどまでのポジションに戻る。
 混乱しきった頭で今の状況を理解しようとしていた田中の顔は段々と赤くなっていく。
 その様子を無感情に眺めていたメタルマンだがはき捨てるように言った。

「知りたかったんだろ」

 負けじと田中もあわあわしながら問い返す。

「い、意味がわからないよ」

 ようやくまともな反応を返すが混乱からか、声が上ずっている。
 田中の言い分は尤もだ。
 そもそもは何故フラッシュマンに近づいてはいけないかが知りたかっただけである。

「だから教えてやっただろ」
「だからって…」

 田中が顔を真っ赤にして口ごもると、メタルマンの背後から凄まじいまでの殺気が彼を襲った。

 ゆらりと揺らめくナンバーズ達、背景に黒いオーラが漂っており、田中の赤かった顔は一瞬にして青ざめ、引きつった表情を浮かべていた。
 そんな田中の様子も意に介さず、真っ黒な背景を背負った彼らは威圧感あふれる形相でメタルマンににじり寄っている。

「抜け駆けは」
「ご法度」
「だったよなぁ?」
「覚悟は良いか…?」
『メタルマンよぉ!』

 素晴らしいコンビネーションで一つの文を完成させると、メタルマンめがけて一斉に飛び掛った。
 迫るナンバーズ、正に絶体絶命である。

「うえっ!」

 悲鳴を上げたのは田中だ、避難するべく這うように逃げ出そうとしていたところを一瞬でメタルマンに担ぎ上げられ、彼女の顔は再び真っ赤に染まる。
 怯んだナンバーズの隙をメタルマンは見逃さず、彼は田中を抱え全速力で走り出した。

「掴まってろよ」
「刺さる、刺さるー!」

 肩、腕にあしらわれているブレードの恐怖、いったいどこに掴まっていろというのだろうか。
 それとも彼は刺されとでも言うのだろうか。
 進行方向から目をそらし後ろを見れば迫り来るナンバーズたち。
 先頭は勿論クイックマンだ。
 ぽかんと、というか開いた口がふさがらない風情で後方を見つめる田中だったが、その顔は依然青ざめたままだ。

「無理無理無理無理!追いつかれるって!」

 半狂乱になりながらメタルマンに訴えかけるが、彼は前だけを見据えて走り続けている。
 彼とて必死なのだ、自分で巻いた種とはいえこれは分が悪すぎる。
 いつに無く真剣な目をして逃走を続けるメタルマン、ライトナンバーズと対峙したときでさえこれほど真剣な目をしては居なかったかもしれない。
 とにかく彼はそれほど必死だった。

「くそ、しつこい奴らだぜ」

 もう基地内をどれほど走り回ったことだろうか、挟撃、待ち伏せ、まきびし、トゲ…ありとあらゆる手段を使いメタルマンを攻め立ててきた。
 しかし実際に動き続けているメタルマンよりも疲れた様子の田中はぐったりとして次第に何も言わなくなっていった。
 どうにかナンバーズ(主にクイックマン)の猛攻を凌ぎ切り、基地の外に身を隠せたメタルマンはようやく田中を降ろした。
 木を背もたれにひざを抱えた、俗に言う体育座りの格好でうずくまるその様子にほんの少し罪悪感が湧いた。

「…もうメタルマンになんかロボ桜あげないんだから」
「…そうかよ」
「…メカころしも覇王もあげないんだから」
「ちょっと待て、お前そんなのどこに隠し持ってるんだ!?」

 どちらもロボット用の酒の名である、メカころしはコンビニや酒屋など一般に広く流通している比較的安価なものだ。
 しかし"覇王"は違う。
 この"覇王"という酒は名こそ広く知られているが製造数が少なく、滅多に出回らないという貴重な一品だ。
 コレクターや愛好家の間では幻の酒とまで言われるほどの名酒、その味も他の物とは比べ物にならないほど美味い、らしい。
 まさにロボまっしぐら、と言っても過言ではない。
 喉から手が出るほど欲しいアイテムである、この際入手経路はどうでも良い、それを手に出来るか出来ないかが問題である。
 しかしそのためには田中の機嫌を持ち直させる必要がある、この状態だと大分厳しいだろう。
 どうしたものかと考えていると落ちていた小枝で地面を掘り起こしていた彼女がぽつりとつぶやいた。

「酔っ払ってあんなことするロボットになんて教えてあげない」
「…なんだと?」

 周囲の気温が、氷点下になったような気がした。

「田中」

 田中はビクリと身体を震わせ、実に恐る恐るといった態でメタルマンを見上げた。
 嫌な汗が背中をつたう。
ああ、今日は彼に怯えてばかりだ、と田中が考えていることなど知るわけもないメタルマンは先ほどより、とても低い声で尋ねた。

「俺が酔っ払ってお前にキスしたって?」

 しゃがみこんで田中に目線を合わせ、その後ろの木に手をつく、これで彼女の逃げ場は無くなってしまった。
 俯いていた田中の顎に手をやり、視線を逸らせないよう上を向かせる。
 先の逃走劇でも見せなかったその真摯な表情に目を奪われた。

「好きでも無いやつに命がけであんなことしねえよ」

 田中の目は驚きによって見開かれ、顔は羞恥に再び赤くなっていった。

「うそ、だって…」
「わからない、ってか?好きなやつが他の男に手出されてりゃな、いい気はしねーぜ」

 田中の上目遣いと困惑した表情に、回路が熱を持つのがわかった。
 視線を田中の首下に落とし、見せ付けるようゆっくりとそこに顔を近づける。

「おまけにこんな痕までつけられてりゃ、尚のことだよな…?」
「や…ちょ……!」

 感じる吐息にぬるりとした感触、そして走る痛み。
 あっ、と声を上げる田中。一度口を放すが先ほどよりも色濃く咲いたその華に再び舌を這わせる。

「消毒しないとな」

 いつもと同じ、けれど艶のある笑みを浮かべたメタルマン。
 月の光に反射するメタルブレードが、とても綺麗だった。

気絶した田中に手を出しそびれ一人悶々とした夜を過ごしたのは、また別のお話。






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