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□冬の帰り道
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「寒い」

 凍てつくような寒風が肌を刺す二月。
 川嶋亜美はそう言って腕で己の身体を抱きしめた。

「さーむーい」

 そして、直ぐさま傍らの少年へ不満げな視線を向ける。

「……だから、何だよ」

 その視線を受けた少年は、まがまがしい凶眼をギラつかせながら返答する。
 別に美少女である亜美の衣服を剥いで、美しい裸体を我が物にしてやろう、などと考えているのではない。亜美にどう言葉を返せばいいかわからなかっただけである。
 そんな神に見放された凶眼を持つ少年――高須竜児の眼光にすくむ事なく、亜美は再び不満げな視線を竜児に向け、

「亜美ちゃんは、寒いの」
「……まぁ、二月だし、寒いよな」

 だが竜児はそれにどう言葉を返せばいいかわからない。
 ただ無難に同意した。

「……寒いって、言ってるでしょ」

 どうやら無難な策ではなかったらしい。
 亜美は頬をぷ―っと膨らませて、拗ねてしまった。

「竜児って、どうしようもないね」

 そんな事まで言い始める始末。

「そ、そんなこと言ったってな…」

 竜児は困った。
 高須竜児が川嶋亜美と恋仲になってから、久方ぶりの二人きりの帰り道。
 恋人らしいことをしようと密かに意気込んでいた竜児である。
 肝心の亜美に、しかも自分の所為で機嫌を損ねられてしまった竜児は必死に思考を巡らせる。

「(……お、俺は何をすればいい?)」

 失恋大明神・北村裕作に次ぐ鈍感なりに、竜児は考える。

 亜美は寒いと言った。
 それはわかるし、自分も寒さに身体を震わせている。
 そんな自分が、寒いと言う亜美にしてやれること、亜美がしてほしいと望んでいることは何か。

「(――――あ)」

 ちら、と傍らの亜美に目を向け、竜児は気付いた。
 不機嫌が顔に出ている亜美の手は、始終コートのポケットに入れられたままだ。
 寒いのだから当然の行動。
 だが、だからこそ、恋人である自分に出来ることがあるはずだ。
 よし、と心で意気込み竜児は、

「亜美」
「………」

 亜美からの返事はない。
 うん、やはり拗ねている。
 これを可愛い、と思ってしまうのは、本来の亜美の美貌故か、はたまた惚れた弱みか。
 まぁどちらにせよ、このまま亜美に無視されてしまうのはよろしくない。

「……亜美ちゃん?」

 ざっついずほわい。

 そんなわけで、再び言い方を変えて呼んでみると、「キモい」との苦言付きで視線が返って来た。
 流石に彼女から言われるとグサリと刺さるものがあるが、ともあれ亜美はちゃんとこちらを向いてくれた。
 出来る限り優しく微笑んで、竜児はポケットの中の亜美の手をとる。

「うお、冷てっ」

 亜美の手は、ポケットに入れていたにも拘わらず冷たかった。

「……何?」
「いやその…。寒いんだったら手を繋げば寒くないかな、と…」
「…………はぁ?」

 竜児の顔を訝しい顔で見ていた亜美だったが、

「……はぁ。ま、鈍感でウブウブな高須竜児君にはこれが限界か」
「な、何だよウブウブって。俺は別に――」


 苦笑を浮かべた亜美に反論しようとした竜児の言葉は、亜美の唇に遮られた。

「おまっ……!急に何するんだ!?」
「あれ?嫌だった?」

 唇を離し、真っ赤になった竜児にクスリと亜美は笑うと、

「ま、竜児だし、ギリギリ合格としますか」

 繋がれた手に、ぎゅっと力を入れた。

「(本当は抱きしめて欲しかったんだけど…、ま、これはこれで)」

 繋がれた手が竜児のポケットへ誘われるのを見ながら、亜美は顔が緩むのを止められない。
 片や竜児は、先程の亜美とのキスが忘れられない。

 いつの間にやら、凍てつくような寒さは感じなく。

「……か、帰るか」
「えー。せっかく二人きりなんだからぁ、デートしようよぉ」
「お、おうっ……。そ、それもそうだな」
「あは。だから亜美ちゃん、竜児の事、大好きだよ♪」
「……安心しろ。俺もだ」


 二人見つめ合い、微笑んで。

 春のような心持ちになった、そんな冬の帰り道のこと。




End




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