短編

□陽だまりの下で
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 太陽の光が暖かくなりはじめた昼休みのこと。
 綾崎ハヤテは一人、学校の桜の木の下にいた。
 いつも一緒にいるナギは、読みたい漫画があるからということで学校を休んでいる。
 ハヤテは相変わらずの主人の様子にため息をしつつ一人、学校へきていた。

「…はぁ。お嬢様がいないと学校も何だか…」

 心地よい日差しに照らされながらハヤテは一人呟く。

「…張りがないというか…」

 執事になったばかりの頃はナギの行動に振り回されっぱなしだった(まぁそれは今でもかわらないが)ため、そのナギがいないとなんだか調子が狂う(まぁ、毎日振り回されるのも勘弁してほしかったのだが)。


 そうした矛盾の中昼食を食べ終えたハヤテは、特にやることがなく、かといって屋敷に帰るわけにもいかないので、こうやって寝転んでいるわけなのである。

「いい天気だなぁ…」

 本日は晴天ナリ。
 見上げる空は雲一つない青空が広がっている。
 陰りのない澄み切った蒼と春の陽気は、自然とハヤテを眠りの世界へと誘う。
「こんないい天気…。お嬢様も部屋にいないで外で遊べばいいのに――」

 日頃の仕事疲れからか、ハヤテからはやがて静かな、寝息が聞こえてきた。



 …



「(――ん…?)」

 頭に暖かいものを感じて、ハヤテは目を覚ました。

「(あれ…? いつのまに寝ちゃったんだろう…?)」

 まだ覚醒に至らない脳を何とか動かし、ハヤテは重たい目蓋を僅かに開ける。
 寝ぼけ眼で見つめる世界。

「(な――っ!?)」

 その狭い視界に映ったものに、ハヤテは思わず息を呑んでしまった。

「(な、なんで…)」

 覚めきってない頭が一気に覚醒してしまうほどの光景が目に入ったからだ。
 予想外の展開で、まだ自分は夢を見ているのでは、と錯覚してしまうほどの。

 うっすらと目を開けたハヤテが見たのは、美しい桜色の髪と。

「(ヒ、ヒナギクさん…?)」

 自分が密かに想いを寄せていた少女の顔だった。

「(というか、もしかしてこの頭に当たる素晴らしい感触のものはっ)」

 頭にあたる柔らかなものの正体は、ヒナギクの太ももだった。
 簡単に言えば、ひざ枕である。

「(いやいやいや!)」

 ハヤテからしてみれば簡単に言ってほしくなかった。
 目が覚めて、自分の好きな女の子が膝枕をしているのだ。
 テンパること以外に何が出来ると?
 それでもハヤテは全神経を集中させ、ヒナギクに起きていることを悟られないように寝たふりを続けた。
 わけがわからないが、折角だからと白皇の95%以上の男子がこのためならば命を捨ててもいいといっているヒナギクのひざ枕を堪能する。

「(うわー…なんでこんなに柔らかいんだろう?)」

 心臓はバクバクと鳴っているのに、ヒナギクの膝枕は恐ろしいほどに心が落ち着く。
 寝たふりを続けているうちに、混乱していた頭もようやく考える力を取り戻してくれた。

「(さて………)」

 ハヤテは取り敢えず、現状の確認をすることにした。


 現状確認。

 僕が寝ていた。
 起きたらヒナギクさんに膝枕されていた。


 以上。


「(うん、わけがわからないっ!)」

 当然だった。

 そもそも、なぜヒナギクは自分に膝枕をしているのだろうか。
 そんな根本的な部分から謎だった。
 そりゃ、ヒナギクはハヤテの想い人。嬉しくないはずがない。
 だがヒナギクはどうだろうか。
 ヒナギクが自分に膝枕をすることに、何かメリットがあるのか。

「(気まぐれ……なわけないよなぁ)」

 嬉しさは段々、戸惑いに変わっていく。
 ハヤテはヒナギクにばれないように、必死に考えていた。
 そもそも、自分達は恋人のような、特別な間柄ではない。
 もちろんハヤテはそうなることを望んでいるが、所詮はただの片思い。一方通行の想い。
 自分はヒナギクを困らせてばかりだし、ヒナギクにもこちらに気のあるようなそぶりは見せなかった。

 だからこの想いは叶うことはない。

 そう思っていたからこそ、こんなに動揺してしまう。
 ヒナギクは自分を好きなのではないか、もしかしたら恋人になれるかもしれない、そんな期待を抱いてしまうから。

「(なんなんだよ…)」

 何をすれば、自分は何を言えばいいのか。
 ハヤテにはわからない。



 だが。



「―――好き」


 戸惑うハヤテの耳に飛び込んできた声。
 それは消え入るように小さかったけれども、ハヤテの耳にははっきりと聞こえてきた。


「(―――!)」


 ハヤテの頭を優しく地面に下ろし、ヒナギクは走り去っていく。

 春の日差しが強さを増す中、迷う彼を答えに導いたのは、結局は彼女だった。


「……簡単なことじゃないか」


 残されたハヤテはぽつり、そう呟いた。
 心の底から沸き上がる喜びに、胸が震えた。
 釣り合いなんか関係ない。
 自分は彼女を想って、彼女も自分を想ってくれていた。
 ならば、自分のすべき事はもうわかっているではないか。

「よしっ!」

 ハヤテはぱん、と頬を一度叩いて、立ち上がった。
 あまりにも強く叩いたせいか、少し涙が出た。
 しかしこれでもう、夢心地はしなくなった。

 ここから先の出来事は、疑いようもない現実。
 先走る気持ちを押さえ付け、ハヤテは一歩を踏み出した。



 少しして、春の日だまりの下で一組の恋人たちが誕生するのだが、それはまた別のお話。




End





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