短編

□七夕
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 七月七日、本日は七夕である。
 一年に一度織姫と彦星が逢瀬出来る日だとか、そんなロマンチックな言い方もされているが、七夕の認識としてメジャーなのはやはり――

「と、いうわけで笹だ」

 ――願いを書いた短冊を笹に結ぶ、ということだろう。

 というわけで、私の眼前には笹と、それを持ってドヤ顔を浮かべているナギがいる。
 ムラサキ荘に来てから早くも二ヶ月程。
 私が来たところで、心の底からHIKIKOMORIのナギの生活態度は相変わらずだ。
 ルカさんとの出会いで少しは変わったのかもしれないけれど、相変わらず学校はサボるし、基本面倒臭がりだし、かと思えば。

「ふふん、さあお前たち、さっさと願い事を書いた短冊を結ぶのだ。私が持ってきた笹にな!」

 ……こんなイベントの時だけは活発になる。
 だがしかし、よくよく考えて見れば、昔のナギならこんな時も面倒臭そうにしていたかもしれないので、これが少しだけ成長した結果と言って良いのかもしれない。

 そんなことを思っていると、傍らにいたハヤテ君が質問、と手を挙げた。

「でもお嬢様、その笹はどこから持ってきたんです? ムラサキ荘には笹なんて生えてませんよ?」

 確かに周りには笹なんて生えていない。じゃあこの笹はどこから持ってきた、という話になる。
 ハヤテ君の質問にもドヤ顔を崩さず、ナギは答える。
 ぶっちゃけそのドヤ顔がウザい。

「聞きたいか? そうかそうか、ならば教えてやらんこともないのだ!」
「……ちょっとウザ過ぎるから殴ってもいいかしら?」
「まあ待てヒナ。向こうは久しぶりの出番で張り切っているんだよ。多めに見てやれ」

 ハル子に止められたので、呼び出した白桜を元に戻す。
 ハル子だってもう何年振りか分からないくらいに久しぶりのセリフだというのに、なんて良い娘なんだろう。
 爪の垢をナギに飲ませたいくらいだ。
 ため息を一つ吐いて、ナギを見る。

「……じゃあナギ、早く教えなさい。そしてドヤ顔も止めなさい」
「教えて欲しいか? どうしよっかなあ〜」
「…………!!」
「ちょ、ヒナギクさん落ち着いて!」
「ヒナ、ここは我慢だ我慢!」

 今度はハヤテ君も加わって止められる。
 全く、二人はナギに甘いんだから……。

「まあまあナギも早く教えたらどうですか?」
「む。いやいやもう少し粘って……」
「ナ・ギ?」

 私が二人に抑えられている間に、マリアさんがナギに凄んでいた。
 凄い、惚れ惚れするような笑顔なのに背筋が凍りそうだ。
 流石のナギも、ドヤ顔を崩さずにはいられないようだった。

「な、ならば仕方がない、教えあげようではないか」
「というか理由話すだけで何行使うつもりでしたのよ?」
「アリスちゃん、それは言わないであげて」

 アリスちゃんの的確過ぎるツッコミ(誰に対してなのかしらね)に苦笑を浮かべながら、私はナギの言葉の続きを待つ。
 さっさと理由を聞いて、短冊を吊るして終わりたい。
 宿題、予習、復習、夕飯、お風呂とまだまだすることが残っているのだ。

「この笹はだな……」
「この笹は?」
「教室に飾ってあったのを持ってきた」
「「「「「…………」」」」」
「な、なんなのだその目は! なんでお前たちは『うわあやっちまったよコイツ』みたいな目で私を見るのだ!?」
「いやだって……ねえ?」
「ええ……まあそんなことだろうと思いましたが」
「よく見ればどこか見覚えのある笹だし……」
「ナギに少しでも期待した私が馬鹿でした……」
「というかお腹が空きましたのよ」

 散々引き延ばしておいて、結果がこれとは。
 予想の範囲を出ない答えに、各々から落胆の声が漏れる。

「まあそりゃそうか。基本HIKIKOMORIだしな」
「そんな流行の最先端みたいな言い方しなくても……」
「あ、なんかマリアさんのそのセリフ、デジャヴです」
「夕飯はまだなのでしょうか……」
「あーもううるさいうるさいうるさあああああい!!!!」

 好きな事を言っていたらナギがキレた。

「いいではないか! どうせ誰も短冊吊るしてなかったんだから! というかあんな大勢いる中で願い書いた短冊吊るす馬鹿なんて桂先生くらいしかいないではないか!!」
「た、確かに……!」

 だから持ってきたのだ、と勢いそのままにナギは言い切った。
 その剣幕と的確な言い訳に納得せざるを得ない。

「いや一応桂先生ってヒナギクさんのお姉さんですよね……?」

 アーアーキコエナイ。

「だから今日帰りに持ってきたのだ。折角の七夕、誰にも使われずに枯らすのも勿体無い気がしたからな」
「一応桂先生の短冊が……」
「捨てていいわよそれ。どうせ『お金とお酒をください』ってしか書いてないだろうし」
「ほ、本当だ……」
「流石は妹……よく分かってらっしゃる」

 お姉ちゃんのお願いごとなんて今更驚きもしない。
 それよりも、ナギの口から『勿体無い』という言葉が出てきたのが驚きだった。
 なるほど、確かに成長はしているようだ。
 私にとって妹のような、そんな友人の変化に思わず笑みを浮かべつつ、短冊を手に取り、言う。

「まあ持ってきたものは仕方ないし、折角だから書きましょうか。お願い事」

 ナギの言うとおり、あのまま教室に笹を置いていても、誰も短冊を吊るすことはないだろう。
 教室でこの笹の役割が果たせないのであれば、ここでその役割を与えてしまったほうが笹のためにもなるのではないだろうか。
 私の言葉を聞いたナギが、顔を輝かせた。

「流石はヒナギク! 話が分かるな!」
「確かに勿体無いしね、このまま枯らすのも」
「だろうだろう!? ほらなお前等! ヒナギクも吊るすと言っているのだし、皆で書こうではないか! 願い事!」

 そう言ってナギは皆に、短冊を一枚ずつ配り始める。
 まあ願い事を書くだけの作業(といったら怒られるかもしれないけれど)なので、皆は異論はないようだった。
 ある者はすらすら、ある者は少し考えながら。
 三者三様にそれぞれの短冊にペンを走らせ始める。

「願い事……ねえ」

 その様子を見て、私もペンを走らせた。
 短冊に書く願い事。
 願わなければ、叶いそうもないような事。
 そんなこと、考えなくともこれしかないじゃない。



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